きっと呪いのようで
「変わらぬままであれ」と願うことの多い界隈だと思う。
何年続けましたが評価される世界であり、同じままのキャラクターであることを望まれることが多い界隈だから。
今日出会った人と明日も同じように会えればいい。それは確かにそうだ。
他人にはその人らしいことを望むものだから、誰かを好きになったときそれが将来的に好きになった部位が失われるとは思いたくない。これが個人であるなら結構身勝手なエゴだなと強く感じるけれど、例えばユニットやグループのような活動になったときに「一人の欠けもなくいつまでも進んでいて欲しい」と願うことはそこまで極端な話ではなくなってしまう。
でもちょっと、冷静になってしまうとダメになる。
人は変わるものである、それ以前に私達が見えているものは人の虚像でしかない。
だから自分の信じていた他人が変わったとしても、見えていたものと全く違うものだとしても、それは自然なことなはず。
「いつまでも私の好きなあなたのままでいてくれ」というのは呪いのような願いだ。
それを根拠も対価も何もなく押し付けているのがこの界隈だと思う。
「好きなままであるはずだ」
それは見上げる側だけの話でもなくて、「私のことを好きなままであるはずだ」という側の話にも通じる。
他人を信じることを尊いことだと言いながらその本質を全く見ようとしないのは人間自体の欠陥だろう。これはきっと物語と感動の本質と同じで、「あり得るはずがない」から美化をしているはずなのに。
「好きなままでいい、嫌いになってもいい、それが全てではなくてもいい」
私のスタンスはいつからかこれで固まっているけれど、これはだいぶ諦観でしかない。