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春望

昨日は朝から、工事の音がうるさかった。
道路工事でもしているのかと思っていたのだけれど、ちょっとした用事で隣のコンビニに買い物に出たときに、その理由を知った。

隣家は5階建くらいの小規模マンションなのだけれど、一階は大家さんが住んでいるようで、都内にしては広い庭がある。立派な桜の大木と梅の花などがあり、ちょうどうちが2階だから、ベランダから外を眺めると桜の枝が目の前にあるという環境だった。

工事の音は、その桜の大木を切っている電動ノコギリの音だった。
大人の腕を丸くしても収まらないような木の幹がバッサリと切られていて、一瞬言葉を失った。

昼に、リモートで仕事をしている夫と話した。
「え、切っちゃったの」
夫は呆然と窓の外を眺めた。今まで木の枝が遮っていた視界は、すっきりと空っぽになっている。
「すごい音だなと思ってたけど」
あれはまさに、樹を切っていた音だったんだよと話したら、夫は顔を歪めて、生々しい話だね、と呟きながら、身震いするように肩をすくめた。
まるで、人が事故にあった音を聞いたかような仕草だった。

他人の所有物なのだから、こちらが何と言えるものでもない。

あとひと月もしたら、あの樹にはピンク色の花がいっぱいになっていたはずだったのに、今年はそれが見えない。

ときおり、あの大木の枝には小鳥が訪れてきて、うちの愛猫がそれを見るなり野生の獣の目をしてキキキ、と威嚇していたものだけれど、それももうない。
ああ、あの小鳥たちも、もう見えないのか。


おりしも、テレビではウクライナ侵攻のニュースが流れ続けている。
彼の国の人々に、一日も早く心の安心が訪れますよう。

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