吃音改善訓練の神経学的エビデンス
今回は、吃音改善を目的とした介入により、脳や神経ではどのような変化がみられるのかをまとめます。
吃音改善の様々な訓練について、否定的な意見を結構目にしますが、実際のところどうなのかを、神経学のエビデンスベースでまとめます。
はじめに
以前、吃音者は特有の脳の構造および活動パターンを有することを解説しました。ポイントは下記のとおりです。
吃音者と非吃音者は、脳の活動や構造、パターンに差異がある。
これらは先天的なものである(一部後天的のものもある)。
運動野-聴覚野の結びつきが弱いことが、吃音が持続する因子となっている。
吃音は脳活動の結果生じるものと考えられる。
※これらは「連発」や「伸発」などの中核症状についてのもので、難発や予期不安、回避などの2次的症状については、行動や思考習慣の結果身に付いてしまったものとされています(もちろんここでも神経可塑性は大きく関与しています)。
また、脳には「可塑性」という性質があり、特定の訓練を継続することで、脳の構造や結合などが変化することを解説しました。
では、吃音改善訓練を行った場合、脳にはどのような変化が見られるかを解説します。
神経学研究紹介
吃音改善訓練の効果を神経学的に解析した研究を紹介します。
① Reorganization of brain function after a short-term behavioral intervention for stuttering
この研究では、13人の成人吃音者に対する7日間の発話訓練によって生じた脳機能の変化について検討しました。
結果
介入前の全脳分析では、右下前頭皮質と左中側頭皮質において、成人吃音者と非吃音者との間でタスク関連の脳活性化に有意差が認められた。介入期間7日間を通して、成人吃音者は左前頭回腹側部(言語の文法処理を支える神経回路の一部)と島皮質(身体状態に関連する情報を高次認知と情動の処理に統合する役割を持つ)において有意な脳活動の増加がみられた。
課題関連脳機能の変化と安静時機能的結合の変化は、発話流暢度の変化と相関していた。
この研究の重要なポイントは、行動介入が単に話し言葉の表面的な改善にとどまらず、脳の機能的、構造的な再編成を引き起こす可能性があることを示している点です。
② Cortical plasticity associated with stuttering therapy.
吃音の成人男性9名を対象に、流暢性形成治療前と治療後12週間以内に機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を行いました。
結果
治療後、両半球の前頭部の音声・言語領域と側頭領域でより広範な活性化が観察され、特に左側で顕著であった。
治療後の左側の明瞭な活性化の増加は、吃音者で確認された白質異常の領域に直接隣接していた。
この研究では、流暢性を形成する技術が、左側の音声運動計画、運動実行、側頭野の間の神経細胞コミュニケーションを再編成することを示唆しています。
したがって、流暢性形成法は機能障害の発生源に近い脳回路を再編成するという治療メカニズムであるということが想定されます。
③ Frontal EEG asymmetry and symptom response to cognitive behavioral therapy in patients with social anxiety disorder
この研究は社交不安障害(SAD)の人への介入研究です。社交不安のある人は安静時に右前頭部の脳波活動が大きくなることが分かっています。
社会不安障害患者23人を対象に、認知行動療法前後の安静時の局所脳波活動を測定しました。
結果
治療前から治療後にかけて、右の安静時前頭部脳活動が大きい方から相対的に左の安静時前頭部脳活動が大きい方へと有意にシフトしたことが示された。
左前頭葉の脳波活動が大きくなるほど、社会不安の軽減が大きくなった。
この研究では、社交不安の人が持つ脳の特徴が、認知行動療法により正常方向に変化したことが示されました。脳の特徴の変化とともに社交不安も軽減されています。
④ 吃音の流暢性促進プログラム開発:神経科学的理解のセラピー法との融合
この研究では、被験者が8週間メトロノーム音に合わせて発話練習を行い、その前後でMRI測定を行いました。被験者は1日15分程度、週に5日以上練習を行いました。8週間の練習期間中、吃音話者は平均51.7日間(878.1分)の練習を行いました。
結果
練習によって吃音が完全に消失することはありませんでしたが、重症度スコア(SSI-4)が有意に減少した。
内的なリズム生成に関わる大脳基底核の活動は、練習前は非吃音話者に比べて小さかったものの、練習後には有意な差がなかった(非吃音者の状態に近づいた)。
脳領域間結合分析では、練習後には左半球を中心に結合が増加したことが示されました。
吃音の人は、内的リズム生成に異常があるとされ、これにより連発などの吃音が発生するとされています。この研究では、メトロノームを用いた発話訓練により、リズム生成に関わる脳活動に変化をもたらし、重症度が低減したことが示唆されました。
個人的考察
上記の研究より、特定の訓練や治療を行うことで、脳の活動パターンに変化が生じることがわかります。
吃音は大別すると、言語機能の問題と心理的な問題があります。上記研究では、流暢性形成法のような発話訓練と、認知行動療法のような心理療法により、それぞれ脳に変化が生じ症状が改善されました。
つまり、訓練などにより吃音脳は変化させることができることを示しています。これは以前まとめた脳の可塑性によるものと考えられます。
①と②では、流暢性形成法などの発話訓練を行うことにより、吃音者に特有の言語関係部に変化が認められ、③では吃音症の心理的問題でもある社交不安においても、特有の脳活動の変化が認められました。
③では、吃音者の脳の特徴として、発話意図と実際に発話するタイミングにズレがあるとされていますが、メトロノーム法にて発話意図と実際の発話タイミングを合わせるトレーニングを繰り返すことで、脳の可塑性により正常な発話パターンに近づいたと考えられます。
まとめ
ネットの情報やSNSなどを見ると、多くの方が「吃音は治らない」という考えを持っているような気がします。もちろん完治となると難しいですが、これらの研究からは「吃音は訓練により改善が可能である」と私は考えます。
吃音について、まだまだ分かっていないこともあるし、「これだけやれば全員良くなる」という治療法がないのは事実だと思います。
しかし、多くの研究により原因もそれなりに分かっているし、治療法もかなり研究が進んでいて、エビデンスがある改善手法も数多くあると思います。
個人的には、憶測や感情に流されず、客観的に事実を見て判断していくことが大事だと思っています。
参考
1)Chunming Lu, Lifen Zheng, Yuhang Long, Q. Yan, Guosheng Ding, Li Liu, D. Peng, P. Howell Reorganization of brain function after a short-term behavioral intervention for stuttering
2)KatrinNeumann,ChristinePreibisch,HaraldAEuler,AlexanderWolffVon Gudenberg,HeinrichLanfermann,VolkerGall,Anne-LiseGiraud Cortical plasticity associated with stuttering therapy.
3)D. Moscovitch, D. Santesso, V. Miskovic, R. McCabe, M. Antony, L. Schmidt Frontal EEG asymmetry and symptom response to cognitive behavioral therapy in patients with social anxiety disorder
4)豊村 暁 吃音の流暢性促進プログラム開発:神経科学的理解のセラピー法との融合
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