彼はまだステージに立っている
今日、友達がいる高校の定期演奏会を聞きに文化会館へ行った。その友達とは同中の吹奏楽同士で、かなり相性のいい楽器を担当していたから仲も良くて、常に一緒にいた気もする。
開演時間ギリギリだったからか、私が観客席に座ったのと同時にアンサンブルが始まった。さっきまで強風と闘っていたから身が言う事聞かないで震えていた。上着を抱きしめて音楽に耳を任せる。…なんだか演奏をただ聞くために観客席にいるのが初めてな気がする。
ああそういえば、ずっとステージ側の人間だったもんね、私は。
友達の出番だ。
クラリネット8重奏、低音でコントラバスが一台入っていた。この2つの楽器は特に相性がいいと有名らしい。私がずっと憧れていた編成でもある。かつて隣にいた姿が今目の前にいて、これもまたなんか違う味がする。
彼はまだステージに立っている。
終盤のポップスは盛り上がる。観客の手拍子は一刻も止まることはなかった。演奏者の顔を見れば存分に楽しんでいるなと分かる、その中では泣いていた2年生もいたのだ、相当この部活を愛しているんだろうな。
私にとっての懐かしい曲も結構あった。自分がそれらを演奏した日の記憶が全部蘇てきて、思わずニヤけてしまった。ああ、私もこの上でコントラバスを弾きたい。このステージに立って、観客の笑顔を自分の目に焼き付きたい。厚みのある拍手を貰いたい。
でももうそういう機会はないだろうな。
私は部活を辞めたのだから。
彼はまだステージに立っている。
みんなはまだ吹奏楽を続けている。
寂しそうな顔している私に隣の子が声をかけてくれた、“大丈夫?”って。
大丈夫だよ。と返そうと気づいた時に、マスクの縁はもう湿っていた。