前を向いて歩く
僕達は生きている。希望がない日々を平らげている。鬱憤を苦しくなるまで喰らい続けて、たまに吐き出して生活を続けている。僕達はいつも前を向いているふりをする。明日頑張るだとか、全然死にたくないよだとか、全然平気だとか。前を向かないと周りに心配をかけるから。惰性で前を向いている。後ろ向きに凝り固まった心を無理にでも前に向けている。それはまるで、ヒビの入った足で走っているように。
ベランダに寄りかかって、不確かな日々を見つめている。風が少し気持ち悪いと思ったのは、少しだけ具合が悪いから。幸せを避けるように寄り道をする毎日。暗がりへ行きたがる僕の心の不穏さは、目を閉じて見ないふりをする。僕は前を向けるかな。色々な問題を避けているばかりで、平気なふりをしているばかりで。肩にもたれかかる理想の日常を手で払い除けた。コンクリートに落ちて、パリンと音を立てて割れた。コンクリートに染み込んでいく理想は乾いて消えた。茜色の空の下、僕は今日も前を向けない。
ずっと変わらない日々の中で、僕は今日も前を向けないのかなと、心も顔も下を向いて歩いている。僕はいつでも傍にある幸せにも気付けない。見上げたら空には鮮やかなオレンジ色が広がっている。いつもこうだ。いつも空がオレンジ色になる頃に気が病んでいく。前を向くとオレンジ色の夕日が僕を照らす。そんなに照らさないでくれよと思う。僕は強くなれるかな。全てに許されたいな。歩道橋を歩く女の子の髪が赤く染まっている。あれはきっと美しいと呼べるだろう。こんなに何も無い寂しい景色に、あの子だけが夕日を見つめていた。僕は夕日を見ずに、帰路を行く。夕日が照らす美しいあの子のように、僕はいつか前を向いて夕日を見れるかな。見れたらいいな。そうならいいな。
「またね」が溢れているこの街に、同じく笑顔が満ちている。真っ白な雪が降っている。降りしきる雪の中で、思いを馳せている人々。凍る地面に足を滑らせないように皆は下を向いている。前を向いて歩かないとぶつかってしまうし、でも、下を見ないと転んでしまう。僕はどうすればいいのだろう。数分迷って、僕の頭の中に一縷の光が灯った。前に進むために下を向いているのだとしたら、今まで夕日を見れなかったのも、日々を憂いて幸せを避けて寄り道をしたあの日も、僕は前を向く準備をしていたのでは無いか?と思った。そうか、僕は前を向こうとしてたんだね。そうか。前を向ける日が来たら夕日を見よう。
夕日が沈むのが早くなった。夜が増えるこの季節は、鬱屈な日々を過ごしている僕にとっては苦しい。考えない為に、真っ白な雪の上で寝転んで、冬に煌めく星を見上げた。美しい満月と、星々。この星が落ちてきたら、僕はどうなってしまうのだろう。星に祈るように目を瞑ってみる。気付いた時には手は悴んでいる。悴んだ手は、冬の寂しさを表しているようだ。赤くなった手の甲を頬に当てる。「冷たい」と溢れて出た言葉は冬風に乗って、星に向かって行った。