印象に残らない1日
悲しい夜は、何となく月が光っていない気がする。朝日は眩しくて目が痛くなる。夕日はずっと見ていられる。海はずっと離れずにいてくれる。その広大さに、不安すら覚える。どこまでも続く空。端から端までを見ると、球体に見える。まるで閉じ込められているようだ。大きな監獄に捕らわれているみたいだ。だが、監獄と呼ぶには、この星は美しすぎる。僕はふと歩みを止める。美しさを感じる度に、歩みを止めてしまう。空、海、大地。いちいち見惚れてしまう。そして映し出された自分の薄汚れた心に、いつも枯れた花のような気持ちになる。
学校に行く支度をする為に、いつもより早く起きる。カーテンを開けると、朝日が燦々としている。目がやられる。朝食はあまり噛まずに飲み込んで、とりあえず数時間分のエネルギーを補給する。歩きで駅まで向かう最中に雨が降る。傘を持ち合わせていない僕は、ポツリポツリとゆっくり濡れていく。次第に強くなる雨は、僕の心までを濡らした。曇っている空は、僕の気持ちそのものだった。駅について切符を買う。切符を改札に入れたかったから買った。それだけの理由だ。電車に乗りこみ、本を開いた。電車は僕を運ぶ。ガタゴトガタゴト、ガヤガヤガヤガヤ、カサカサカサカサ。色んな音が鳴り響く中、僕は本との対話に勤しむ。変わらない日常に、知らない知識が頭の中に入り込んでいく。それだけで僕の日々は刺激的になる。辛い食べ物よりも刺激的だ。痛みだとか叙情だとか、そういった刺激。だがたまに、電気風呂みたいな不快感があったり、そういった気分になると、ページを捲りたくなくなる。
最寄り駅に着く。この駅はいつきたってつまらない。老人と学生ばかりで何だか変な匂いがする。木々が並んで、そよ風にいちいち反応する木の葉達は、先生が注意するまで話を辞めない生徒くらいに鬱陶しい。鳥は囀らずに発狂をする。夏には蝉がジージーとうるさい。蝉よ、お前は俺と同じくらい生きている価値がないからな。と、心の中で言う。そして、数秒後に勝手に傷付く。そんな記憶がある。今の季節では、木の葉が枯れ始めていて、もう生きていたくないと木々が談笑しているみたいで奇妙だ。涼しい風は少し寂しい。冬がチラついている。キャンパスに足を運び、講義を受ける。教授はずっと難しい話をしている。僕はその度に、自分の素養の無さに落ち込む。成績はいい方だ。それでも、分からないことだらけだ。自分なんて賢くない。自信が滅多打ちにされたら講義は終了。お昼には適当に、夜まで持てばいいやと、今回はまぁまぁ噛んで飲み込む。学校はこうして終わっていく。夕暮れが校舎に差し込む。帰宅の時間だ。
帰る時には街灯が道を照らしている。だが、街灯が少ないので、虫を踏んでしまったりする。と言っても、申し訳無いとは思わない。命は軽いから。なぜなら、僕が今車に轢かれて亡くなっても、学校は明日もあるし、社会は仕切りにグルグル回るだろうから。僕が今踏んだ虫のように、僕という命は次へ進むだけ。輪廻転生ではないが、命は巡るのだ。いや、厳密には輪廻転生か?まぁいいか。だから僕ら人類は文明を発展させ、古代から続いたのだろう。公共交通機関を利用して帰路へ。外は真っ暗で、電車の窓には自分が映る。元気がないように見える。本の続きを読む。踏んだ虫を少し思い出し、途端に文章が魚みたいに泳いでって、本の外へ逃げ出した。逃げ出したフレーズは「生きる」だった。僕はそれを見無かったことにした。
電車を降りて人混みに紛れる。そんな中、今名前を呼ばれてもきっと反応できないのだろうなと考えていた。ここでは自分や他人が混じっていて、1つになっている。今この人混みの中で爆弾が爆発して大勢が死ねば、僕の名前は報道されないだろう。「○○駅にてテロ行動。○○人が死亡」そういった感じだろう。右手も左手も分からなくなったり、頭と下半身がチグハグになったり。テロが仮に起きたとしたら、そのテロは僕のチグハグで空虚な人生を形成してしまうだろう。それはアートそのものと言っていい。人混みを抜け出し改札を出る。空気を吸い込み、ゆっくり吐き出す。ボーッと歩いていたら家についた。しばらくして自室に入り。ベッドで寝転びながら開いた本には、「生きる」というフレーズは消えていた。だから僕は油性ペンで「生きる」と書き足した。もう泳がないように、その言葉を閉じ込めるように本を閉じた。同じように1日も幕を閉じる。2024というタイトルで、その1年を記した作品があるとして、その365ページのうちの1ページが今日ならば、これといった印象には残らないだろう。振り返っても何も思い出せないだろう。栞の出番はこないだろう。ぼくの365ページの中で、思い出せるのはきっと数ページだけだろう。今日のような価値のない日でも、僕は精一杯生きているのにな。少し悲しくなって布団を被る。少しだけ泣いた。それでも今日という日は、数日後には何も思い出せなくなっている。僕の涙はいつか嘘になってしまうだろう。踏んで殺した虫も、無かったことになる。明日はどんな日になるかな。