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世界は希望に満ちている

「祈りというものは、前向きな絶望である」誰かが言っていた気がする。願いが希望で満ちているのは、願いは叶うものだと認識しているからなのかなんて考えている。なら、祈りが何故前向きな絶望なのかと言えば、祈りは、叶わないとどこかで認識しているからだと考える。そんなこんなでこの世界は希望に満ち溢れている。今日もいい天気、雲ひとつ無い空、美味しい食事、戦争のないこの国、和気あいあいとしている人々。こんな満ちた世界で、1つの絶望を抱えて生きている。僕は希望に満ちているはずなのに、空は晴れているはずなのに、曇り空がかかっている気がする。街ゆく人々は希望で満ちている気がしてならない。空っぽな気がしないのだ。この街を見渡せば見渡すほど、満ちている気がしてならない。僕だけが空っぽだったらなんて、そんな恐怖を抱いている。横断歩道を渡ると、何となく動悸がしてしまう。皆もそんな恐怖を抱いているとしたら、僕は少し、少しだけ安心してしまう。そんな弱い僕の一日。

自己嫌悪を常に抱いている。自分の弱さを認めたくない自分が常にいる。空っぽな僕はいつも喉が渇いている。何かを求めている。何かは分からない。頭が足りない僕には分からない。テレビを見ていると、ニュースがぬるりと垂れ込む。当たり前のように殺された人達。タレントの死。事故。今日のわんこ。星座占い。なぜか今日も平和だと感じる。今日もいつも通り人が死んで、人気な活動家が死んで、交通事故で大破した車が写って、可愛い犬が写って、星座占いで締めくくる。僕は占い1位だ。平和だ。幸せだ。人が死んだけど幸せだ。行ってきます。外に行くと晴れ晴れと太陽が顔を出している。小学生は友達と一緒に楽しく登校している。こんな平和な日々が続けばいいな。人が死んで、数秒後、当たり前に忘れて笑ってさ。なんてたって星座占いが1位だし。いい日に決まってるよ。満たされているに決まってるよ。世界は今日も満ちている。

電車に揺られる会社員。生活の為に時間とプライドを金に変えに行く。高校生がスマホの画面を共有しながら、賑やかに揺られている。星座占いが1位だったのかな。僕と一緒だな。僕も1位だぞ。僕は大学に向かっている。今読んでいる本を噛み締めながら向かう。向かうというか運ばれている。景色がコマ撮りのように変わっていく様を見ていると、自分の表情もそんなふうに変わっていたりするのかななんて思い窓を見る。窓に映る僕はちっとも楽しそうではなかったし、変わらない表情のまま最寄り駅に着いた。バスも使う。バスの椅子はフワフワしている。こんなにもフカフカで心地がいいと、ずっとこのままでいい気がする。大学に着く頃、お腹が空いている。適当に食べて、この昼食のように、授業を平らげる。当たり前を過ごせる今日は素晴らしい日に違いない。今日も希望で溢れた世界だ。満ちている。満ちているに違いない。

帰りはもう夜だ。星も見える。会社員や学生は、夕食を楽しみにしているのか、仕事が終わった達成感か、安堵の表情で揺られている。窓に映る僕の表情はちっとも楽しく無さそうだった。星座占いが1位だというのに、こんなにも満たされた1日なのに、今日は一度も笑っていない。今日殺された人。事故にあった人。病気で死んだ人。何の関係も無いのに、何だか不安だ。明日は僕かもしれないな、そんな不穏が頭を漂う。今日のわんこだって、明日は違うわんこだ。明日の星座占いは12位かもしれないし。だから明日、僕が死ぬのかも。それを心の底で感じていたから、窓に移る僕はちっとも楽しそうじゃなかったのかな。明日も平和かな。いつも通り人が死んで、事故が起こって、タレントが死んだり、犬が写って、星座占いで締めくくる。世界は今日も満ちている。希望で溢れている。明日も希望で満ちている事を願う。ところで、希望って何だろう。満ちている日々とは何だろう。平和って何だろう。僕って今日、幸せだった?満ちていた?足りていた?光なんて何一つ見えていなかったのに。そんな事を毎回毎回、帰りに考えてしまう。気付かないふりで精一杯だ。大丈夫。今日もきっと、世界は希望で満ちている。

不安が雪のように積もった。家の最寄り駅から2つ前の駅で降りた。遠回りしたくて、考える時間が欲しくて、この不安の雪を溶かしたくて、時間をかけて歩いて帰る事にした。希望は例えるなら光。まだ生きてたい人が殺された。これは絶望だ。いつも通りの日常で事故を起こす。どこか体の自由が奪われる。これも絶望だ。愛しているタレントが死ぬ。絶望だ。星座占いビリなんかも小さな絶望だ。僕は、そんな数々の絶望を数秒後に忘れては、ふと思い出しブルーになる。この世界は希望に満ち溢れているはずだ。人の夢、心、優しさ。沢山あるはずだ、それなのにらこの漂う薄暗い不穏な空気は何なのだろう。答えは敢えて探りたくない。弱い僕だからこそ、気づきたくないのだ。知らないままでいいのだ。それこそが希望だ。僕ら皆現実逃避をしている。きっと皆逃げている。そう思いたい。そう思う事によって、自分の逃避を肯定したい。だからこそ、明日も世界は希望で満ちる。満ちている。きっと、世界は希望で満ちているんだ。そう言い聞かせるんだ。

やがて朝が来て、いつも通りの毎日が始まる。テレビをつけて、強盗、殺人、税金がなんたら、政治がどうだ、今日のわんこ、星座占い。電車、バス、学校。満ちているはずの生活に、こんなにも小さな絶望と小さな希望が渦巻いている。満ちる時は来るのだろうか。それとも、世界はこれを希望と呼ぶのか。世界はそれでも回り続ける。僕は生き続ける。絶望を抱えて信号を渡る。いつも通り。猫の親子がこちらを見ている。いつも通りの道、いつも通りの朝に猫の親子が佇まう。



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