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”フリーランスでゆるく働いている”という一文を消した

ある日、自己紹介の説明書きに、”フリーランスでゆるく働いている”という文章を書き足した。ずっと仕事をすることで自己承認を得ていたのに、会社を辞めて、別な業界でフリーランスとして、ある程度自由な時間を得ながら働くことにしたからだ。

仕事に対して、こんなにも重い想いを持って生きていたなんて自分自身のことなのに知らなかった。相変わらず、自分は自分に本当の気持ちを隠して生きている。

業種を変えて、仕事スタイルをフリーランスに変えたときに、思ったのは、「とにかく一生懸命に働かなくては!」ということだった。新しい業界に入ったのだら、がむしゃらに働かなくてはならない、認められなくてはならない。

でも、私は、何のために業界を変え、仕事スタイルを変えたのか。仕事以外のこと、主に子育てをするためにだった。

ようやく、「自分は仕事に割く時間を少なくする」というために仕事を変えたと受け入れられたときに”フリーランスでゆるく働いている”という一文を思いついて入れた。

仕事をすることで自己承認を得ていた人間としては、仕事以外の時間にはあまり価値を見出せていなかったのだ。このこともようやく自分が見えてきたのでわかった。

子育てにもすったもんだがあって、子育てってゆるいもんじゃないって改めて思った。手を抜いて子育てしてるとすぐに子供に見抜かれる。保育園の先生にも見抜かれる。もっと足掻きながら、努力しながら、毎日を送らなくてはと思った。

フルタイムでがつがつに仕事をしていて、仕事以外に承認を持っていない人にはやっぱり、ゆるく働いていると評価されるであろう。でも、時間が短いだけで、手を抜いて仕事をしているわけでもないし、仕事以外でも一生懸命に生きていると”フリーランスでゆるく働いている”という文章を自分に使ってあげたくないと思った。

そうだ、別に足掻くこと、努力することは、短い仕事でも、仕事以外でも可能であるし、価値のあることなのだとようやく理解した。

こんなにも自分を見てないと、真意にたどり着けないなんて・・・。

自分自身の真意すら気が付かないと子供の真意も見えないだろう。

子供の真意を見るためにもっと自分の真意と向き合おう。


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