【UWC体験記㉚】Phoenix Conference(東アジア会議)の主催ー私たちを形成した文化を伝えたい
やっと私たち東アジアが開催権を獲得したConference。1年で12個のNational Group(地域グループ)のうち1つしか開催できないものを2年目に得るという絶好の機会が訪れました。
Conferenceとは、2日間授業の変わりに1つのテーマに関してのワークショップやパフォーマンスを通して色んな角度から学ぶ学校の公式イベントのこと。
まず私が1年目に経験した3つのConferenceについては以下を↓
私たちが競争を勝ち抜いてConference主催権を獲得するまでは以下を↓
選考に向けてもあれほど準備を重ねたので、やる気とアイデアは溢れるほどある。2年目の1月の私たちのPhoenix Conferenceに向けて、1年目の夏休みから準備を開始しました。
準備開始
このPhoenix Conferenceの主催者として正式に任命されていたのは私含めた4人の東アジアNational Leaderと追加でMさん、Bくんの6人。ただもちろん、「東アジア」というテーマで開催する以上、60人ほどいる他の東アジア人生徒たちの助けは不可欠になります。
夏休み中から私たち6人はオンラインで会議を重ね、まだ入学前の東アジア人の新入生などにも連絡を取り、National Group全体のやる気を高めていきます。そして新学期が始まってすぐのNational Groupの集まりにおいて、Conferenceで予定していることを紹介します。
私たちの最大の目標は「Conferenceの固定観念をひっくり返すような」内容とクオリティを作り上げること。ひとまず、主催者の中で役割分担をし、National Groupの中から一緒に運営を手伝ってくれる人を募集し、それぞれがチームを構成していきます。
External Speaker(外部講師)探し
一番最初に優先せざるを得なかったのは、外部講師として呼ぶ人を探すこと。昨年のConferenceとは違い、今回はどうしても対面で外部講師の方に来ていただきたかったので、かなりこれが難航します。
少し有名な人などは報酬無しでウェールズのど田舎までは来てくれないし、かといって誰でも良いわけではない。
すると、他のUWCの卒業生で台湾で今、アクティビストとして大活躍しているヴィヴィ・リンさんが来てくれることに!主催者の中の台湾人のMさんの憧れの人だったらしく、「この人なら絶対良い講演をしてくれる!」ということで当初の予定から大幅に人数を減らし、ヴィヴィさん1人で生徒全員への基調講演をお願いすることにしました。
学級担任システム
私たちの今回のConferenceで一番これまでと新しい点が、東アジアの学校ならではの「学級担任システム」の導入を試みたことでした。
通常のConferenceではそれぞれの時間枠ごとに各自が事前に自分の行きたいワークショップに行き、2日間みなが個人行動して終わります。そうではなく、事前に全ての生徒を「学級」に振り分け、1年間同じクラスで過ごす日本の学校の短縮版として、2日間色んなイベントを通して絆を深める体験をしてもらおうというものです。
中学から授業ごとにメンバーが違い、ホームルームが無い海外の生徒には新しいシステムであるため、取り仕切り役としてそれぞれの学級に、東アジア人生徒である「担任」を配置します。
なので、ワークショップも「先生が移動する」アジアの学校にならい、1つの学級の生徒たちはは同じ教室に居続け、次々と別のワークショップがその教室に来て開催されるという形式にしました。
ここで1つ問題点が、生徒1人1人が自由に行きたいワークショップを選べなくなってしまうということ。なので私たちが考えたのは、16個のセットの「時間割」として、4つの異なるワークショップの組み合わせを作り、そのセットの中から生徒たちに第5希望まで聞きそれに基づきクラス分けをするということ。
担任役の生徒たちには何回か説明会を行い、上手くクラスを盛り上げて導き役になってもらうようお願いしました。この学級システムのもう1つの狙いは、同じメンバーでいつも一緒にいることで全行程の参加率を上げること。クラスで仲良くなって自然と参加したくなるのが一番だけど、そうでなくても誰がいないかが一目瞭然な状況ではいつものConferenceのようにはサボりにくいと思ったのです。
ワークショップのクオリティを極める
そしていつものConferenceにもあるワークショップにも今回はこだわりを。いつものConferenceはどれも直前に準備されぶっつけ本番であまりクオリティの高いものを見たことがない。
ただ、全ての要素を一切参加者に「時間の無駄」だと思わないでもらうため、必然的に、私たち主催者たちが1つ1つのワークショップのクオリティ管理をするしかなくなります。このワークショップを担当しているのが私とMさん、Bくんと自主プロジェクトUWYもずっと一緒にやってきたメンバーだったため、話は早い。
まずは全てのワークショップに応募した人たちと面談を行い、どんなアイデアがあるのかを聞き取り、こちらでどうやってもっと面白いものにできるかを考えてアドバイス。そしてConferenceの2週間ほど前から本番と全く同じ形式でのリハーサルを行い、準備ができていない人は何回でもやり直してもらいます。
そしてワークショップの種類も多様化を目指しました。それぞれから1つずつに参加することになる、4つのカテゴリーは「文化経験」「体験型」「個人的ストーリー」「社会的・政治的問題」に。特に「社会的・政治的問題」は近い国の間で昔から様々な争いがあった東アジアだからこそ、あえて東アジア人以外にも伝えて一緒に考えてほしい内容です。
いろんな調整を重ね、4つのカテゴリーでそれぞれ8個ずつのワークショップを仕上げ、それぞれを2回行ってもらうことで全てのクラス分のワークショップを揃えます。そして1つの「時間割」の4つのワークショップがなるべく多様になるように組み合わせました。
運動会
学級システムの一環としてクラス対抗で参加してもらう大きなイベントが運動会。海外ではSports Dayといって競技会のようなものはあっても日本のような運動会はありません。そしてもちろん種目もアジア特有のものに。必要な道具はメンバーが夏に自分の国で買ってきてくれたりして揃えました。
直前までとても不安だったポイントは、いくら同じ「クラス」になっていても所詮はその日に一緒にされたグループ。しかも高校生にはそんなに難易度の高くないゲームに本当に一緒に盛り上がってくれるのか。その上、それぞれの種目の進行を担うのは普段あまり学校の中で盛り上げ役には回らない私たちです。
この不安は当日に完全に払拭されることになります。
Why we are who we are
Conference当日の約2週間前。急ピッチで準備を進める中、いつも一緒に作業をしていたMさん、Bくんと一旦進捗確認をしていたところ。
「本当に私たち、今までに無いようなことをやってるかな?」と、Mさんが。
確かに、学級システム以外はそこまで画期的なことはできていないのではないか。
そこで、私たちのこのConferenceを開催する目的を再確認。ここで出てきたのが、「もっと、私たちがどう東アジアで育ってきたのかを体験的に、本質的に理解してもらわないといけないよね」ということ。Whatではなく、WhyやHowを伝えたい、ということ。
それでこのタイミングで私たちが考えたのが、Immersive Activityとして東アジアでの家庭や学校などの日常での特徴的なものをロールプレイのようなもので実際に体験してもらうということ。Mさんが具体的な案をいくつか挙げてくれます。
この時から主催者全体でのミーティングでも「Why we are who we are」が私たちのキーワードのようになり、これをお互い意識して準備にとりかかっていました。
ポスターを貼るためだけに…
次の金曜日に迫った日曜日の夜。その日は食堂の壁に宣伝のための特大ポスターを貼る予定でしたが、担当だったメンバーがかなり小さなサイズでしか印刷できなかったため、6人全員でその次の日の朝早く食堂で張る作業をしよう、ということになりました。
ポスターの分割印刷に詳しい同級生が朝6時に印刷に行けるということだったので、私たちも6時集合になりました。ただこの頃は毎日のように午前3時ぐらいまで起きて準備をしていたため、いつも8時ギリギリまで寝て朝ごはんは食べずに授業に行っていた中、正直6時起きは自信がない。
ただみなもうかなりストレスも溜まっていて、こういう時にでも1人元気でいられるのが私の強みだと思っていたため、絶対に明日だけは寝坊はできないと非常に緊張していました。そのため、私が思いついた寝坊防止の策が「一切寝ないこと」。
寝ると寝坊の可能性があるけど、寝なければ絶対起きてられる!と思い、いつも以上にコーヒーを飲んで作業をしていました。ただ、午前5時になった時、眠いというよりあまりの寒さに一瞬Quiet roomから移動し自分の部屋のベッドに潜った…と思った瞬間寝落ちし、次に目が覚めたのは6時半。
あの時の心臓の鼓動の速さは忘れられません。ほとんどそのまま靴だけ履いてまだ真っ暗な中寮を飛び出しました。そしてとにかくダッシュで集合場所まで。するとだれもいません。訳が分からずパニックのまま歩き回っていると、寮の方向から歩いてくる他の主催者2人が。
どうやら、印刷をしてくれる同級生も6時半に起きたらしく、その人がいないと始められないため他の人は待機することになったそう。
そして2人は1月の5度以下の気温の中何もコートを着ずただ息の上がった私を見て「一旦帰って準備してから来てね」と言ってくれました。寮に向かっているとちょうど同じ寮の主催者の子も向かってきているところ。
私は携帯も寮のキーカードも持たずに出ていたため、開けてほしいとお願いし付いてきてもらいます。そして自分のあまりの不甲斐なさにその場で泣き出してしまいました。その子に慰められながら寮に帰り、きちんと準備をして再び集合場所へ。他の5人のメンバーを見て再度泣き出した私にみんなはとても優しくしてくれました。
結局朝ポスターを貼ることはできず、その日の放課後にみんなで一緒にやることになりました。
ファッションショー
初めてのConferenceとしてのイベントが水曜日に行ったファッションショー。東アジアの人たちが自分の文化衣装を披露したり、パフォーマンスをやる人もいて大成功に終わりました。あまり準備時間がなく、Conference自体への悪い印象となったらどうしよう、と心配していましたが全くその逆効果となり、初めて不安が和らいだ瞬間でした。
ほとんどの人が今の近代的なポップ音楽などを使っていたため、私は伝統的なものを入れるため急遽盆踊りをやることに。前日の夜、早朝までかけて覚え、なんとかかろうじてやりきることができました。
前日準備
そしてついに前日に。この日にやっと体育館の装飾を始めることができます。ワークショップ開催者や学級担任たちにももう一回集合してもらい、明日の最終確認を綿密に行います。
そしてNational Groupの人たちに手伝ってもらいながら装飾をする一方で、私たちは夜になってやっと学級担任役の生徒たちのマニュアルが完成し、送ることができます。
そしてこの段階で学級担任の生徒たちには自分の「クラス」の生徒たちに担任として明日のスケジュール等もメールで送ってもらいます。そのメールに私たちもCCで入れてもらっていたのですが、どの担任役の生徒たちもとても面白く工夫したメールを送ってくれていて彼らの意気込みを感じ、気が入ります。
Conference1日目
やっと当日がやってきました。みんなで朝早く集まり装飾の最終チェックやセレモニーの部分リハーサルを行います。
そして朝9時からいよいよ開始。いつもとは違い椅子は設置せず、日本の朝礼と同様みなクラスごとに2列で床に座ってもらいます。そして最初からかなり異色の校旗掲揚儀式を行います。
「起立!」
「右向け!」
「旗の掲揚を見ろ」
といった、中国や台湾の学校の朝礼ではいつも行われるという儀式を中国語と英語で交互に指示を入れ、生徒たちを立たせてUWCの校旗を実際に掲揚しました。
そして生徒たちがあっけにとられてシーンとなったところで私たちのオープニングスピーチ。東アジア人としてUWCに来て感じた自分たちの違いなどを語り、「真面目」や「大人しい」などという先入観でくくられることの多い私たちの「Why we are who we are」を知ってほしい、という思いを詩の形式で伝えました。
その後はさまざまな東アジアのパフォーマンスを。イギリス人だけど中国に住んだ経験があり太極拳歴10年以上の先生がパフォーマンスをしてくれたりと、圧倒されて静かだった会場は次第にいつもの熱気を取り戻しました。
そして最後にはクラスごとに解散し、担任を先頭に自分たちの教室へと。そこからワークショップとなり、私たちはひとまず安心できました。
午前中にワークショップが2つ続くのですが、この間の休憩時間ではアジアの蒸しパンを食堂に出してもらい、私たちが各教室に届けてクラスごとに団らんの時間を設けます。そして無事午前中が終わり、昼食時間に。
この昼食も特別なアジアの食べものにしてほしいと何度も食堂のスタッフさんと打ち合わせを重ねており、混雑を避けるためクラスごとに時間をずらして来てもらいます。そして私たちは食堂の中で全員に箸を配ります。
食事もめずらしくアジア圏の食べものがとても本物に近く再現されており、多くの人が頑張って箸で食べながら絶賛してくれていました。
運動会
午後は不安の大きかった運動会。16クラスを4クラスごとのリーグに分け、4種目をリーグごとにローテーションして決勝でリーグのそれぞれ1位同士が戦うという形です。
予選種目は以下の4つ
1.豆つかみ競争
2.二人三脚
3.Eagle catches the chickenー中国の連結鬼ごっこのような遊び
4.チェギチャギー韓国の羽根を蹴り上げる正月遊び
私は豆つかみ競争で仕切っていたのですが、1人ずつ豆を箸で取って横の皿に移し、時間内で一番多く移せた人が勝ちという超単純ゲームなのにびっくりするほど盛り上がります。常に声援は絶えないし、勝ったチームは寮対抗戦を勝った時と同じぐらい喜ぶのを見て、ものすごくほっとしました。
そして最後は体育館に集まり大縄跳び。チームの中から選抜された5人の同時飛びで何回飛べるか競うもの。これには参加していない12個のクラスも含めて体育館全体が大盛り上がりし、なんだかACのこういったゲームでも恥ずかしがらず本気で楽しんでくれるところには感謝ばかりでした。
そして本当に各クラスの担任たちがその役割を見事に果たし、クラスをまとめ上げるだけでなく一番の応援役になり、クラスのメンバーたちから本当の担任かのように慕われている様子。クラスごとにも常に会話が絶えなく日本の本当のクラスのような雰囲気を感じ取ることができました。
最後に表彰を行い、この日は一旦クラスは解散になります。
ヴィヴィ・リンさん対面!
その後その日の夜のFood Fairに向けて準備をするのですが、このタイミングで外部講師のヴィヴィ・リンさんを歓迎しに私とMさんが一旦抜けて一緒に夕食を食べることに。ヴィヴィさんは会ってみるとあそこまで色んなことを成し遂げた実業家とは思えないほど明るく優しい方で明日の講演内容なども伺ううちに気が付いたらFood Fair直前になっていました。
急いで戻ると他のメンバーで準備はもうほぼ終えていてくれ、National Groupで手分けして作った数多くの東アジアの食べものも揃い始めているところ。
Food Fair
そしてナイトマーケット風のFood Fairが始まりました。1人が大量に食べものを取っていってしまったりしないように、食べものは「Phoenix Money」との交換になります。
このPhoenix Moneyはもちろん偽札で、ちょうど中国の旧正月に重なったこの1週間前の日曜の夜に各寮でのHouse Meetingの際に大きな立派な赤封筒に入れて生徒全員に配ったものでした。
中国から持ってきてもらった大量の提灯で会場を照らし、本当の夜の市場のよう。そしてその二階のスペースではイギリスの日本大使館から無料で貸し出してもらった多くの日本のおもちゃを置き、あまりにも混雑した一階から休憩したい人や先生方などが多く来てくれ、ついでに遊んでくれていました。
明日のImmersive Activtyを一から考える
こんな中、私、MさんとBくんには1つ大きなタスクが残っていました。二日目に予定されているImmersive Activityは各学級担任に司会をしてもらう予定だったのですが、まだ台本を一切書いていない、、!
その時点で夜遅く、今から台本を書いて送るのもかわいそう。プロジェクト運営の経験豊富なヴィヴィさんも一緒に4人でFood Fairを抜け出し、必死に案を練ります。
学級担任に司会をやってもらえないとなると、もう私たちが司会をするしかない。そしてなんとか夜11時ぐらいまで必死に話し合い、やっとやるImmersive Activityの内容が決まりました。
2日目
1日目の全ての要素が想像の何倍も上手くいってとてもウキウキな気分で始まります。まずはそれぞれのクラスでの再びワークショップが再開。
そしてその後、ヴィヴィさんの基調講演。まだ大学生ととても若くて気さくなのに既に月経の権利についての団体を立ち上げ、台湾ではもう知らない人はいないアクティビスト。1時間の講演のためにわざわざスコットランドから飛行機で来てくれ、本当に感謝です。
Immersive Activity
この日の午後、最後の大きなイベントがImmersive Activity。3つのアクティビティを用意し、5か6クラスごとのグループでローテーションをします。
1.学校
これは事前に一年生たちが用意してくれていたもので、東アジアの学校特有の学業のプレッシャーや過激な受験戦争などをパフォーマンスで表現したものです。
2.家庭
自分の子供を他の子供と比べたり、子供たち同士を比べてプレッシャーをかけられる典型的な東アジアの家庭を再現したもの。1つのクラスを「家族」とし、その中で「子供役」と「親役」に分かれます。子供役の生徒たちには東アジア特有の九九や漢字の書き取りなどをやってもらい、クラス対抗で勝ち負けをつけます。
ここで負けた「家族」は子供役ではなく親役の人たちが腹筋やスクワットなどの罰ゲームを受けます。すると親役の人は当然子供たちに向かってプレッシャーをかけるようになり、子供役の人たちもその緊張を味わうことになります。こちらをMさんが担当しました。
3.仕事場
東アジア特有の厳しい上下関係や理不尽な労働環境を再現。それぞれのクラスで1人が「上司役」それ以外は全員「部下役」です。部下役は全員一列に並び、ピンポン玉をスプーンで受け渡すリレーで競争します。一方で上司は部下たちの前に立ち、1人数独を解いています。
部下役たちがスプーンのリレーが終わったとしても、上司が数独を解き終えるまでは終わりとならず、早くリレーが終わったクラスは上司を待たなければいけなくなります。ここでもう1つのルールが、部下たちは話してはいけないこと。本当の職場のように、いくら急かしたくても、アドバイスをしたくても部下たちは上司に一切意見することはできません。こちらは私が担当し、毎回最後にネタばらしのようにこれが何を象徴するかを説明した時のみなの納得した顔を見るのがとても楽しかったです。
クロージングセレモニー
そしてやっとむかえたクロージングセレモニー。まずはオープニング同様いくつかのパフォーマンスがあり、最後に私たち6人でのスピーチ。多くの方々への感謝、そして今までの苦労を順番に少しだけ話します。
そして最後の1文をBくんが。「このConferenceを通して皆さんが東アジア人を一括ではなくユニークな個人の集まりとして見れるようになってくれたらうれしい。そして理解して欲しかったのが、」
全員で「why we are who we are」と言い終え、深くお辞儀。
「拝啓~十五の君へ」が背景で流れ、とどろくような拍手がいつまでも鳴りやみませんでした。そして多くの人が私たちの近くまで来てくれ、「こんなConferenceは見たことがない!」「全てが素晴らしすぎた」などの感想を次々に。
長く勤めている先生にも「過去10年の歴史で間違いなくこんなに素晴らしいConferenceはこれ以外にないよ」と言ってもらえました。今までの肩の荷が一気に降り、ほっとして久しぶりに心底笑顔になれたのですが、これで完全に終わりではありません。
National Evening
その次の日は、どのNational Groupも1年に1回開催するNational Eveningの本番。さすがにこの企画や指揮はMさん、Bくん、私以外の2人の主催者がメインでやってくれていたので、私はほとんど出演のみ。
それでも私の出演回数は少なくなく、Conference次の日の朝から最後の練習詰めにはなります。
今回のNational Eveningはポケモンのテーマで主人公が色んな国に行ってポケモンをゲットするお話。私もポケモンの1つとして配役されていたので、今までほとんど練習に行けなかった分当日は気を引き締めます。
そして毎年恒例の日本人でのヲタ芸は今年は日本人の中でのリーダー的役割を務めていた私が振り付けを構成し、みんなに教えていました。その他にも日本人3人で「風の通り道」に合わせてのダンス、そして空手の形のパフォーマンスも。
空手は私は以前少しやっていただけなのですが、何か日本の伝統的な武道を取り入れたいと、アメリカ人の有段者の友人ともう一人の中国人と一緒に何回か練習し、本番はとても上手くいきました。
「新時代」に合わせてものすごく速い振りを何度もみんなで練習したヲタ芸もNational Eveningの中で最後のパフォーマンスとしてもちろん大盛り上がり。そしてこのNational Eveningもようやく終わり、やっと長かった週末が終わりました。
日本人であることの誇り
久しぶりに常識的な時間に寝て次の日は月曜日。すると、今までは感じたことのなかった疲れを朝から感じます。本当にびっくりするほど、授業内でもなんだか魂が抜けてしまったよう。他の主催者たちもみな朝の授業は休んだりと、見事に全員が体調不良でした。
ただ、緊張感が一気に抜けてなんだか夢だったかのように感じたConferenceも、生徒や先生に会うたびにもらう誉め言葉、そしてフィードバックフォームへの回答を見て「私たちの理想を実現できたんだ」と実感します。
どうやら、あのImmersive Activityが特にとても評価が高く、「とても面白いアクティビティで東アジア人の育った環境を初めてちゃんと理解できた」と、Conferenceの中で一番のイベントだったと回答している人も多くいました。
とにかく「革新的」「今までで圧倒的に一番」といったフィードバックが目立ち、私たちが誰にも気付かれないようなところでも細部までこだわり続けた努力がやっと報われた気がしていました。
そして特に週末、その前も3週間ほどは半分以上の時間を東アジア人たちと過ごしていたのが急にその必要はなくなり、少し開放感を感じるかと思いきやとても寂しい。
主催者のメンバーたちはみな満足できるレベルの高さが似ているからどこまででも一緒に頑張ることができました。それでいて自信過剰ではなく、責任感が強くお互いへの気遣いもきちんとできる。だからこそ、疲れはあってもここまで気持ちよくお互いに高め合って頑張れたチームワークはこのチームならではだったのです。
ACでの他のチームワークだと、私が1人だけ求めるレベルが高めだったり、それでいて他の人たちの方が自信に溢れていたり話すのは上手かったりして、なぜか圧倒されてしまう、ということばかりでした。
日本ではUWCの生徒たちのようにそこまで熱意が溢れるような人たちは見つけられなかったのですが、グループで何かをやるときの責任感やお互いへのリスペクトという点では同じようなことを経験できた。それに加えて熱意もあった今回の主催者メンバーは私にとっては最高の環境だったのです。
その上、ワークショップや学級担任などいろんな所で一緒に開催してくれたNational Groupのメンバーたちも、みな主催者ではなくてもとても責任感が強く、誰にも見られていなくても自分から率先して雑務でもやってくれる人たちばかり。
ACではやはり「自分がやったことに対してはその分の功績がほしい」という人が多いため、自分への見返りを一切気にせず、単純にこのConferenceのためにと動いてくれる姿にはいつも感動ばかりでした。本当に最高のNational Groupです。
一方で、これを価値と捉えられるのも私の日本で育ってきた経験があるから。日本にいた時にはそこまで良さが分かっていなかった「根気」「周りへの気遣い」「責任を取ること」がもう私の中に根付いている。
こんなにも日本人で良かった、海外ではなく日本で育って良かったと心の底から思ったのは初めてでした。