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【UWC体験記㉞】UWYで本の出版に挑戦

同級生5人で始めたUWYのプロジェクトは、多様なUWC生たちのライフストーリーを記録し、世に広めることでUWC内外の生徒たちの世界観を広げよう、というもの。

プロジェクトの考案・立ち上げから賞金獲得までは以下を↓

こうして活動開始から1年ほどたった2年目の2月。当初の活動内容だったビデオが、最初の1本制作後1つも公開できていませんでした。というのも、動画編集のきちんとした技術があり、それをやり遂げるだけの時間がある人がいない。そして外部の動画編集者にお金を払って完成させたビデオに対して急にスピーカ―(語り手)本人が「公開したくない」と言い出したこともあり障害だらけだったのです。

ただ、もう卒業を間近にしこのまま終わってしまうのはもったいない。ではがらっと方向性を変えようと、文面でのストーリーを本として出版することを思いつきます。文面であればあとから語り手本人に修正を入れてもらうのも簡単だし、動画ではその人の人生の一部分にしか注目できなかったところ、もっと色んな側面を入れて1つのストーリーにまとめることができる。

出版社にお願いするには到底時間が足りませんが、自費出版であれば本当にギリギリ卒業式に間に合うように出版できそう。卒業式でまずACの生徒や保護者に対面販売し、その後オンラインで世界中で販売することがゴールとして決まります。そうして今回は今までもずっと一緒に取り組んできたMさん、Bくん、私の3人を中心として取り掛かり始めました。


収録ストーリーの選定

まずは今までのHuman Libraryでのスピーカ―を募集したときと同じく、自分のライフストーリーをこの本に収録したい生徒たちを募集したり、私たちから直接声をかける人も。すると今回は本物の「本」が出来上がる予定ということで今までにない数の生徒たちが興味を示してくれます。

そして私たちの収録するストーリー数の目安であった15人の「語り手」をその中から厳選する作業が始まります。ここで苦労するのは、ストーリー同士での比較がとても難しいということ。

応募者の出身地域で分類してみたり、内容で分類してみたりし、可能な限り多様なストーリーが集まるように工夫します。それでも結局、どちらも伝えることが大切だと感じ同じ国のストーリーを2つ選ぶことになったりと、最終的には私たちの主観で決めていきました。

そして語り手たちの負担を減らすため、私たちUWY側がストーリーの執筆は担当することに。初期のメンバーに加え、この時点でチームに加入していた来年引き継いでくれる1年生5人、それ以外にも書くのが好きな同級生に声をかけ、だいたい1人1つのストーリーの執筆担当になります。

その後語り手1人ずつとインタビューを行い、その人の人生について可能な限り深く掘り下げていきます。今までは5分~10分程度の長さのストーリーに収める上、本人が話すことになるため、その人の人生の中でどこか1つの出来事にピンポイントで話してもらっていましたが、今回は文章で色んなことを盛り込めるので、今までの何倍もの時間インタビューをし、その人の人生の全ての把握を目指します。

その膨大なメモをもとに書き手が何を入れるか何を入れないかを判断し、その人のストーリーを約3,000語(ドキュメント約10枚分)で執筆します。それをもとに話し手と相談しながら正確なストーリーになるように修正を加えて初稿の完成となります。

この上でまずはプロの編集者さんにお願いし、Developmental Editingをしてもらいます。これは全体的な構成などを見てもらい、UWC外の読者にも分かりやすいか、ストーリーとして良いものができているか見てもらうもの。

内容の指摘が多く入り、再び書き手が語り手に追加情報などを聞いたりし、言われたことを直します。そしてストーリー完成までの最後の段階がCopy Editing。これが最後に文法やワードチョイスなど、英語としての間違いを見てもらうものです。


教育的な「教材」にしよう!

ストーリー執筆が始まってすぐ、いつものように3人で打ち合わせをしていたとき、「この本にはどんな目的があるのか、どんな価値があるのか」という話になります。

ただの「世界中の高校生の人生集」としてノンフィクションの短編集を読んでいるような、ただ読んで終わり、になってしまわないだろうか。

これを防ぎ、きちんと読み手が何かを得られるようにすればどうすれば良いのか。ここで考えたのは、それぞれのストーリーで1つ、取り上げる社会問題を決め、付録として追加情報を載せること。それに加え、そのストーリーに関連する読み手自身のリフレクションになるような質問も加えます。

この2つの工夫により、この本は「教育教材」にもなりえるのではないか。学校の授業として、生徒が世界中のストーリーを読み、今まで自分には身近でなかった社会問題について学び、リフレクション用の質問を用いてお互いにディスカッションなどもできる。こんな未来が想像でき、とてもワクワクしてきます。

最終ゴールが定まると、自然とこの本のメインターゲットは「あまり海外に触れる機会が少ない地域の高校生」ということになりました。ただこういった学校はそもそも資源が少ないことが想定されるため、この本を「買ってもらう」のではなく、タダで渡せないか。

ただ当然自費出版のためお金がかかる。あるとき、とある先生に話していると「ではお金を払える人には制作費の倍の値段で売って、そのたびに一冊寄付する、という仕組みにしたら?」というアドバイスをもらいます。

この販売方法はこの本の理念にもあっているため、卒業式でもオンラインでもこの「Buy 1, donate 1」システムを実施し、寄付する学校には別途私たちから連絡したり学校側からの応募制で本を届けようということになりました。

エジンバラ旅行という名の合宿開始

約2か月ほどでゼロから印刷できる状態まで持っていかないといけないという、普通ならありえないスケジュールで進んでいたため、私たち3人は4月に入ると毎日ずっと一緒に作業をし続けるように。

15個のストーリー自体は10人ほどで分担して書いているものの、私自身も3個の執筆の担当。その上、編集者とのコミュニケーションなどは私たちが行うため、忙しくてスケジュールに遅れている人がいたり、大きく書き方を直すべきところなどを見つけると私たちが代わりにやるしかありません。

そうして気が付くと本当は全てがほぼ終わっているはずの春休み直前になっても、まだまだやらなきゃいけないことは山積み。するともともとグループで旅行する予定だったMさん、Bくんから、「Saraも春休みに一緒にエジンバラ行って作業続けない?」とお誘いを受けます。

私は春休みや秋休みは静かなキャンパスに残るのが好きで今までもそうしていたのですが、この切羽詰まった状況では断る訳にはいかず、初めて友達と旅行に行くことになりました。

そして8時間バスに乗って着いた、スコットランドの人気観光地に着くと観光はそっちのけで作業が始まります。一応「1日に1回は外に出よう」と決めていたのできちんと町の有名な建造物や絶景スポットなどには行ったのですが、それ以外の時間は全てAirBnB(民泊宿)で一緒にパソコンに向かい、作業を行います。

エジンバラの町

違う寮だったため、今までは夜は遅くても10時になると解散せざるを得なかったのですが、24時間一緒にいる状態になったため、夜は午前2時ごろまで、朝は一緒に7時に起きて特にMさんとは2人でずっと作業を続けます。

この時期にやっとそれぞれのストーリーの社会問題の追加情報のページ、そしてリフレクション用の質問に取り掛かり、想像以上の時間をかけながらも15人分を終わらせることができました。

そしてそれぞれのストーリーに写真なども加え、ここからやっと本としての形にするためのデザインやフォーマットに取り組めます。内装と外装の両方でプロの方にお願いするのですが、どちらも最初に出された案はあまり良くない。

私たちはプロではないので必死に自分たちで他の良い例を探し、デザイナーの方にどのように修正してほしいかを可能な限り細かく伝えます。「1日1回の外出」の中でも本屋さんを見たら良いデザインの本を探すためにいろんな本を見まくるほど。

そして内装は結局3回も、毎回箇条書きで大量に書いた修正をお願いしました。3回目の時には「本当は契約では一回しか修正しないことになっているのでこれが絶対に最後です」と言われドキドキしながらもやっと私たちの満足できる仕上がりにしてもらうことができました。

完成した内装の一部

外装でも同様に何回も修正を伝えることになり、今では最初から自分たちでやった方が早かったのではないか、とも思うぐらいです。

この他にも私たち3人による「始めに」や著作権表示のページの作成など、「本を出版する」ということには最初に始めたときには想像もできなかった量の仕事量に圧倒されながらも6日間合宿さながらの「旅行」を終え、春休みが終了しました。


大人たちからの高評価

ストーリーが書き終わったタイミングでまずは学校の広報部に持って行き、昔報道局で働いていたという先生に見てもらいます。すると「内容も書き方も素晴らしい!」と絶賛してもらえ、私たちの今後のプランを伝えると、学校の公式SNSや卒業生のネットワークでの宣伝をぜひするよ!と言ってくれます。

また、卒業式での販売のため担当の先生に連絡した際、その時点で出来上がっていたものをお見せすると、「今後同窓会が学校で開かれるときや、学校のグッズを売っているオンラインショップでも喜んで売るよ」と言ってもらいます。

このように自分から「お願い」をしなくても私たちが作ったものを見せるだけで大人たちがどんどんサポートを申し出てくれる状況に、どれだけこれが価値のあるものであるのかを再認識します。

そして宣伝のため、本の裏面には何人からの推薦文をもらえないかと試みます。まずは私たちの学校の校長。そして生徒の母親でもあり、少し前に学校に講演にも来てくれたAna Pincusという受賞経験もあるドキュメンタリー監督の方にもすぐに絶賛する推薦文をいただけました。

最後に少しチャレンジとして連絡してみたのが、2022年にヒットした、シリア難民の女性2人を描いた映画The Swimmersの監督であるSally El Hosainiさん。実は学校の卒業生でもある彼女も私たちの本のサンプルを見たことで素敵な推薦文をいただけました。

裏表紙に掲載の推薦文

そして私たちが向かわざるを得なかったのは昨年もらった約150万円の賞金を出版費用に充ててきたLighthouse。実は少し前に担当の先生と話した際、私たちのやろうとしていることが受賞時に予定していたプロジェクト内容であった動画制作とは異なる内容のため、このLighthouse賞金を制作費用に充てることを許可できるか分からない、と言われていたのです。

これ以上承認を待つとスケジュールに大きな支障が出ると思い、私たちは賭けで勝手にその賞金を使い、制作を進めていました。褒められたことではありませんが、万が一あとで承認されなくても、さすがに私たちにそのお金を返せとは言われないだろう、と思っていたのです。

ただいつかはきちんと承認されなければいけないので、デザインもほぼ完成した状態で見せに行きます。最初は私たちが既にお金を使い進めていたことにかなり怪訝な顔つきの担当教員でしたが、いざ本の中身を見せると表情は一変します。

「いつの間にこんなものを作ったの…???」と、あまりにもあっけにとられている様子。その場で即、Lighthouseの賞金を使うことを許可してくれ、賞金が足りなければ相談するようにも言ってくれます。

そして生徒たちの本名も顔も出したこの本が世に出る前に、と一応のつもりでこの先生が安全管理主任や他の管理職に連絡を取ってくれました。

大喜びで帰り、オンライン販売をする時に使う、プロモーションビデオも完成させます。これで何も障害はなくなり、本当に計画通りに出版できる!と気持ちが浮ついていた時、事態は一変します。


この本が「生徒の安全を脅かす」?

すぐに安全管理主任の先生からメールがあり、「今の本の状況では内容的に生徒たちの安全が守られるかどうかが分からないため、出版を許可できるか分からない」と言われます。

確かに自身の戦争の体験や政治的な意見が含まれるストーリーもあるため、全ての語り手に契約書にサインをしてもらい、最終版のストーリーを見てもらった上での了承をもらっています。それでも「その生徒たちがこの情報が世に出ることでのリスクを完全に理解できているかは分からない」と。

卒業式に間に合わせるために印刷にかけるにはほとんど時間が残っておらず、急いでミーティングをしてもらいます。すると、「300ページもあるこの本の精密なチェックを行うには時間が足りないため、卒業式での出版は諦めてほしい」と言われます。

届いたフルのサンプルの分厚さ

Lighthouseの先生は私たちに本気でこの本の出版を実現してほしいと思ってくれ、彼女自身が自分で全てのストーリーを読み、何か少しでも問題が起こる可能性のある箇所は洗い出してくれました。内容が変わらない範囲でその全てを修正し、さらに未成年のため問題があると指摘された1人の語り手には保護者にもサインをもらい、もう何も問題は無いはず。

ようやくそろそろ説得できるか、と思っていた時。学校調査委員会が数日後に来校し、特に安全管理についての実態調査を行うということが分かります。この調査では昨年は問題があり、今年はクリアしないと学校に発行されるビザが制限されるなど大変なことになってしまうため、安全管理主任はこの準備にかかりきりになってしまいます。

そしてこんな大切な時期に少しでもリスクの残る判断は当然してもらえず、卒業式での出版は完全に不可能であると断定されてしまいました。

この時にはいくら「じゃあいつなら出版できるのか?」と聞いても9月に新学期が始まった後になるかもしれないし、来年になるかもしれない、という回答しかもらえません。なんとなくこのまま続けても何回も止められ続け、最終的には私たちが出版を諦めなくてはいけなくなってしまうのではないかという不安がよぎります。

ここでMさんが思いついたのが、「では何もリスクの無いような短縮バージョンのものでも語り手、そして書き手の人たちだけに本の形で渡せできないか」ということ。語り手の人たちには自分自身のストーリーと表紙・裏表紙のみ、そして書き手の人たちには全てのストーリーの社会問題の情報ページと表紙・裏表紙のみ。

かなり薄いものですが、きちんとした本の形になった成果を、今まで頑張ってきてくれた書き手・語り手の人たちには感謝の気持ちも込めて渡したかった。ストーリーはそれぞれが自分のものしか持っていないため、それが勝手に広まるリスクはないし、社会問題の情報ページが広まっても語り手本人に害が及ぶリスクは無いだろう。

こうしてこれらの本の印刷を発注し、やっと卒業式前日のプロムの場で1人ずつカストマイズした本をサプライズで手渡しするとその完成度の高さにみな大喜び。他の生徒たちもちらっと見て、「本当に出版されたら絶対に買いたい!」と何人もが言ってくれました。

30冊弱印刷した短縮版

しかし、プロムの途中。安全管理主任の先生から私たち3人が呼び出され、「何を勝手にやっているんだ」と問われます。私たちがリスクは無いことを説明しても、「完全には言い切れない」と言われ、「これらの本も回収しないといけないかもしれない」と。

結局その次の日の卒業式では回収されるような事態にはならなかったものの、この影響からか卒業数週間後には学校から「当初の予定していたプロジェクト内容と異なっていたため、今後はLighthouseからの賞金の使用許可、およびサポートは打ち切る」という手のひらを返したようなメールが届きました。


絶対に諦めない

こうして現状では私たちには印刷する資金はなく、学校からも許可は出ていない状況。卒業後も学校側と交渉し修正を続ければいつかは出版できる、と言われていましたが、今の段階では私たちはなるべくもう学校とのコミュニケーションは避けたい。

もともと、この本の出版は学校名義で行うものではなく、私たち3人を代表著者とし学校とは関係なく出版するもの。なので学校側は「在校生の安全を守る責任がある」という面以外では本来は関係ないのです。

そして卒業後私たちで少しだけ話し合った結果、「来年の卒業式まで待つ」ということになりました。来年、今の1年生たちが卒業すれば語り手も在校生ではなくなり、学校には何の監督責任もなくなる。そうすればもう何も言われることなく、自由に出版できるのです。

そしてもう資金は無いのですが、逆にこれをチャンスとして利用し、私たちの本を出版してくれる出版社を探すことにしています。そうすれば本のマーケティングも自分たちはさほど心配しなくていいし、より広い観客に届けることができます。

ここまで来たからには、必ず出版し、私たちの目標を達成するまでは絶対に諦めないつもりです。

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