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青ブラ文学部お題 「内なる声に従って」

山根さんの企画に参加させて頂きます。

あまり長い文章は書けないので
タイトになりますが

自分の思いを
エッセイ風に綴ってみました。

いつも書いている自由詩は
内なる声を大切にしています。

どうぞ宜しくお願い致します。


山根さんから今回のお題が発表された。
「内なる声に従って」

最終的に辿り着く所は
この言葉だと感じるけど
考えていくといろいろある。

そのままを表現するなら
「自分の思いを優先に」
「自分の言葉を大切に」
そんな事なのかもしれない。

でもこれをこのまま実行するのは
難易度は高く妨げになるものが多く発生する。

それが「自分の心」だと言われたら
うんと頷くまでだけど

辿り着くのは容易ではない。

世の中にはたくさんの人がいて
「内なる声」はその数だけあり
みんな違う思いや考えを持つ。

内で決めたことを
いざ外へ出した時
人は何かを気にする。

ちょっとした不安から足踏みをするように
自分を気にしたり
周りを気にしたり

誰かに確認することもあるだろう。

後押しある言葉であれば
そのまま前へ進むことが出来ても

それは良くないし止めた方が良い
そう指摘されたら

戸惑いが自分の中に走り
誰かの内なる声に塗り替えられて

自分の内なる声がぼんやりしたり
消えてしまうこともある。

一旦このモードに入ってしまうと
人の心はそこまで器用ではないから
戻していくまでに時間がかかる。

これが経験なのかもしれないけど
もったいなさを感じてしまい
もどかしさが行ったり来たりしながら

中々思うようにはいかないと
思ってしまうのは
良くあることかもしれない。

何故?内なる声に従えないのか
生きていく中では
仕方ないことなのか

妥協や諦めの言葉で片付けられると
ため息しか出ない。

気にしないで生きていくことは無理があり

人は何かを思い
考える生き者だから
気になることは組み込まれている性

だからそれはそのままで良い
人は人、自分は自分だ。

むしろ何も気にしないままだったら
誰かを傷つけてしまい

「すべて自分が正しい」
それが内なる声だと言いかねないし

否定や暴言へと繋がってしまったり
押し付けてしまうことにもなる。

「内なる声に従って」
自分には大胆に
少しわがままなくらいに

自分の中にある夢を現実へ向けて
「無我夢中」「努力」「達成」
「失敗」「葛藤」「疎外感」

いろんな思いに対して没頭しながら

見えない裏心はちゃんと気にしながら
見える表心は何も気にしないように

人として生きる自分を活かしていきたい。

これが私の内なる声に従うことです。


下記が山根さんの企画になります。

#青ブラ文学部

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