「真夜中のサイレン」
ふきこぼれる寸前で火を止める
真夜中のミルクは 妙に甘くなる
口中に拡がるその甘さにじっと
聞き耳を立てていると、やがて
ソプラノ・リコーダーの音が 遠くからやって来る
笛吹の名前を尋ねるわけでもなく、いや、
果たしてそいつが名を
持つものなのかどうかも知らないが、知りはしないが、
わたしは
近づいてくるその音に、耳を澄ます
徐々に近づいてくるその音はいつか
二重、三重に厚みを帯びて
それが四重奏に変わるその時
旋律の直中を サイレン音が横切る
月も星もない、ただ掌でくるめるほどのランプの下
中断された四重奏が、戻ってくる、再び
異国の昔話に添えられた旋律でもって
耳の内奥で合奏されるのは確かにその音なのに
わたしは、
通り過ぎ、もう
聞こえなくなったサイレンの方が気に懸かる
やさし気な 懐かし気な異国の音はそれでも
わたしを抱きしめようと、
合奏から輪奏へと姿を変え、耳の内奥で響き渡る
けれどもうわたしの耳は、
聞こえなくなったサイレン音に
捕らえられた後で
―――散文詩集「傾いた月~崩れゆく境界線」より
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