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「黴」

冷え切ったコーヒーはどこか
血の味がする
何処にでも売っている剃刀の刃で昨夜
ぱっくりと切り裂いた左手首の割れ目から
溢れ出、そのままのカタチで
凍りついた 赤黒い血
かさぶたにもなれず、代わりに
妙な熱をもって
隠そうとまとった袖に擦れて余計に
ひりつく傷口を
黴た舌で ぺろり と撫でた
その味がする
わざわざ出掛けた喫茶店で
もう湯気も立たず、クリーム色のカップも冷めて
体温を吸い取ってゆくだけの液体は
それでもカップの端に唇を寄せて
ごくり と飲めば、そのまま胃の中へと堕ちてゆくのに
鈍り切った舌に、それでも
凍りついた血の味を教え、
ねばねばと まとわりつく
透明な水でそれを
いくら洗い流そうとしたって、とれやしない
錆びた血の味はいつか
舌を覆い、やがてはこの身体を
喰い尽くす

―――散文詩集「傾いた月~崩れゆく境界線」より

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