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午前ニ時。大半のひとが眠っているであろうその時間に、わたしはカバンからスマホを取り出した。街灯もない道端にぼうっと浮き上がる見慣れた光に油断して、涙が出そうになる。ぐっとこらえて、指を素早く動かし電話帳から彼の名前を探す。そのまま、受話器のボタンを押した。 「―もしもーし?」 三コール目、かすかなプツッという音のあと、いつもの声が聞こえた。 「―夜中にごめん。わたし、由紀。……ちょっといまから、そっちお邪魔してもいいかな」 雅人は最近、昼夜逆転生活をしている。きっ
雪が特別なものじゃなくなったとき、ひとは大人になったって言えるんじゃないかな。 電話越しに聞こえた彼の声は優しげで、まるで地面に落ちたら一瞬で溶けて消えゆく雪のように、わたしたちの空間を伝った。 その声がわたしにはとても心地よくて、凝り固まった心がとろん、と柔らかくなる。 ✽ ー大人になるって、どういうことなのかな。 今日食べたプリンが美味しかったの、大好きな作家さんの新刊が出てたから買っちゃった、来週のデートはどこに行こうか……。 そんな他愛もない話を電話越しに交わ
ずっと、自分の名前がきらいだった。 きっかけは、幼稚園のときに流行ったアニメ。そこに出てくる悪役のキャラクターと同じ名前。ただそれだけのことで、次の日から友だちにからかわれるようになった。 いま思い返せば、くだらなすぎて自分でも笑ってしまう。いくら、まだ現実とアニメの世界の境界線が曖昧な年頃とはいえ、あまりにも理不尽で安直すぎる理由だ。からかわれた事実から目をそむけたら、かわいいとさえ思ってしまう。 それでも当時の自分にはとても悲しい出来事だった。どうして正義のヒーローと同じ
ー言葉ってさ、すごく儚いよね。 洗濯を干そうとベランダに出たとき、そうつぶやいた彼の顔が、ふっと浮かんだ。 なぜだろう、もう何年も前のことなのに、ふいに思い出したのにはなにか理由があるのだろうか。 そう考えてすぐに、「あ、そっか」と声を出す。もうすぐ、夏だ。この生温い空気がわたしの肌を撫でた瞬間、わたしはあの日のことー彼のことを思い出したのだ。 ほら、思い出の季節がやって来るよ。 季節がそう、告げに来たのだろうか。 ◇ ー“好きです。” 勇気をふりしぼって先輩にそ