『季節はずれの物語』
雪が特別なものじゃなくなったとき、ひとは大人になったって言えるんじゃないかな。
電話越しに聞こえた彼の声は優しげで、まるで地面に落ちたら一瞬で溶けて消えゆく雪のように、わたしたちの空間を伝った。
その声がわたしにはとても心地よくて、凝り固まった心がとろん、と柔らかくなる。
✽
ー大人になるって、どういうことなのかな。
今日食べたプリンが美味しかったの、大好きな作家さんの新刊が出てたから買っちゃった、来週のデートはどこに行こうか……。
そんな他愛もない話を電話越しに交わしていると、前触れもなく、薄黒いもやがわたしのなかに入ってきた。その瞬間、言いようもない不安に駆られて、わたしは思わずそう彼に問いかけていた。
ーどうしたの、突然。なにかあった?
そんな言葉が返ってくると思ったけれど、彼はその質問をあっさりと受け入れたように、「うーん…」と小さくうなる。
ーそうだなあ。大人っていろんな定義があると思うけど、おれが思うのは、雪が特別なものじゃなくなったとき、ひとは大人になったって言えるんじゃないかなって。
その言葉に、わたしはカーテンの隙間からのぞく外の景色に目をうつした。
静かに舞う雪の白さが、わたしの胸を高まらせる。
ーじゃあわたしはまだ子どもかあ。だっていまだって、明日の朝には雪積もってるのかなあってわくわくしてるもん。
わたしの言葉に、彼の優しい笑い声が聞こえる。
ーおれは大人だな。雪が積もるって聞いて、真っ先に明日の仕事の心配したし。
ーそんなあ。
わたしは窓から目をそらす。
ーなんかさ、みんながだんだん大人になっていくって考えるとさみしいよね。わたしだけ置き去りにされてる感じがする、最近。
体育座りをして、足の爪に丁寧に塗ったマニキュアを意味もなく指でなぞる。
ー出ました、奈央の弱音。
ーだってさ……。不安なんだから仕方ないじゃない。
そうつぶやくと、彼の優しい声が耳を撫でる。
ーおれは奈央のそういうところが好きになったんだからさ。雪が降って無邪気に喜ぶ子どもっぽさ、かわいいなあって思うよ。
思わず頬が赤くなる。
まったく、このひとはこういうことをさらっと言うから反則だ。
ーよしっ、じゃあ明日仕事が終わったら、ふたりで雪だるまでも作ろっか。
ーなにそれ、さすがにそこまで子どもじゃありませんっ……って言いたいけど、ちょっと楽しそう。
思わずこぼれたその本音に、わたしも彼も同時に吹き出してしまう。
やっぱりわたしはまだまだ子どもだ。でも、大好きなひととこうして笑い合えるなら、その子どもっぽさは大切にしていきたい。きっとそれが、わたしたちの大切なものを守ってくれるはずだから。
外を見ると、雪は変わらず降り続けていた。
♢
実はこれ、一年くらい前に書いて、でもどこに載せるのでもなくずっと眠っていた物語です。
どこかのタイミングで載せたいなと最近思っていたのですが、朝起きたらこの時期に雪☃が降っていて、まさに“季節はずれの”だ…!いましかない!!と思って載せることにしました。(ところどころ加筆してあります)
こうして日の目を見させてあげることができて良かった😌
つたない文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございました…!
最後までお読みいただきありがとうございます✽ふと思い出したときにまた立ち寄っていただけるとうれしいです。