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蝉の声止まりて、風鈴ひとつ

「鈴音ちゃん、今日帰ってくるんじゃて」
出掛ける準備をしながら突然話しかけてきた母の口から
久しぶりにやつの名前を聞いた

「大介、迎えに行ってやリーよ」
「あいつは、そうゆうのは好かんのんじゃ」
「あんたは、また格好つけてから」
「うっせぇ」
「まぁええわ、お母さんちょっと買い物行くけぇね」

誰もいなくなったボロ屋の和室で、畳の上にゴロンと寝転ぶ
夏というのはどうしてこうも暑いのだ

鈴音という女は、所謂近所の幼馴染だったが
庶民的なうちとは正反対のお金持ちのお嬢様だった
経てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花とはよく言ったもので
鈴音の外見しか知らない他校の生徒がしょっちゅう告白をしに来ていた

「大ちゃんよぉ、鈴音ちゃんはどっちかとゆーと・・・
 なぁ、姫ちゅーより王子じゃろ」
同学年の友達が冗談混じりに言っていた言葉を思い出す

「あねん男前な女もおらんわ」
そうなのだ
鈴音は王子のような女であった

チリーン チリーン
風が吹いて縁側の窓に飾った風鈴が美しい音で鳴った

「大ちゃん、ずっと待っとってね」
4年前一緒に言った夏祭りの帰り道、鈴音がポツリと言った

「何じゃ、急に」
「必ず迎えにくるけぇ、大ちゃんをお嫁にもらいに」
「なんで俺が嫁なんじゃ」
「なんでって・・・」

「わたし、大ちゃんほどお味噌汁上手に作れんもん」

鈴音の泣き顔を見たのはあの時が初めてだった
ジャワジャワジャワと蝉の鳴き声が大きくなり
喉の奥がカラカラと乾いてきた
風が止んで、蝉の声がぴたりと止まる
チリーンと一際大きく風鈴が鳴った

「大ちゃん、お待たせ」

俺はほころぶ顔を隠しながら玄関に向かった
王子の迎えを喜びながら


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こやまさおり

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