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ヤカンを磨く

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 幼い頃から、物持ちはいい方だ。

 大学のとき、そろそろ下着を買い換えないと、と思い箪笥の中を整理していて出てきたパンツは、なんと小学生のときから穿き続けていたものだった。我ながら情けないやら可笑しいやら、しかしまだ穿けるな、などと思ったりもしたが、この機会に、と決心して処分した。

 そんなふうに、物を手放すことが苦手な私は、結局のところ整理下手で、家の中は物で溢れかえっている。

 整理整頓が得意な人には理解できないかも知れないが、掃除と片付けは全くの別物である。私は掃除は苦手ではないのだが、片付けが恐ろしく下手だ。片付けができない人間は、つまりは自分の頭の中の片付けができていない、ということらしい。
 今までは仕事を理由に片付けを疎かにしてきた。しかし専業主婦である今、いくら子育て中とはいえそんな言い訳は通用しない。そろそろ本腰入れて家中を片付け、頭の中もすっきりさせなければ、と思い始めていた。

 そんなところに、出産前まで仕事でお世話になっていた事務所の社長から、今年の秋にどうしても人が足りない、子育て中で無理は承知だが月に1回でもいいから仕事に復帰してもらえないか、と丁寧なオファーを頂いた。実のところ、もう婚礼司会者として仕事をしていくのは無理だと思っていた。何しろ、公立の保育園で土日祝メインで働く母親に配慮してくれるところなど皆無だからだ。しかし、夫からその話を聞いた義母が強力な後押しをしてくれた。私が孫の面倒を見るから仕事に出なさい、と言ってくれたのだ。
 予期せず、私はこの秋から、まずは月に1日からということで婚礼司会者としてカムバックすることになった。

 そして、私は自分がこんなにも小心者だったということを思い知る。
 月にたった1日だというのに、「仕事に復帰する」という考えで頭がいっぱいになり、無駄にそわそわして落ち着かなくなってしまったのだ。
 ああ、復帰までにあれもこれもしておかねば。庭の草引きも家庭菜園の復活もクッションカバーの製作もしたいが、まずは家の中の片付けだ。
 そんな折り、知人の夫が単身赴任をすることが決まり、我が家のリビングで使っていた単身者用冷蔵庫を引き取ってもらうことになった。もともとは私が自分のオフィスで使っていたものだが、バーチャルオフィスに切り替えてからは行き場がなく、贅沢にも2台目の冷蔵庫としてリビングに鎮座し、ドリンクやアイスクリーム専用になっていたのだ。知人のところで役に立つなら、我が家も無駄な電気代が減って一石二鳥である。しかし、引き渡しまでに中身をメインの冷蔵庫に移し、綺麗に掃除しておかなければならない。片付け優先順位は冷蔵庫が1位になった。

 6月末は冷蔵庫の片付けで終始した。どうせならメイン冷蔵庫もこの機会に綺麗にせねば、と思い、一度中身を全部出してアルコールで拭きあげ、引き出しなどの外して洗える部品は全て水洗いした。そして、中身を戻す際には、100均のカゴやコンテナにカテゴリごとに分けて入れ、どこに何があるか分かるよう全てラベリングした。
 冷蔵庫が片付いたら随分隙間ができた。それなら、乾物や粉類など、できればこの時期は冷蔵しておきたいものが出てくる。そのまま食品のストック棚の整理に取り掛かった。
 ストック棚が片付いてくると、「このスパイスはもっと調理台の近くにある方がいい」とかいうことになる。並行して調理台下の整理も始めた。
 ということでもうお分かりだろうが、そこからどんどん手を広げ、結局キッチン全てを片付けることとなった。7月前半はキッチンお掃除お片付け月間だった。ほぼ毎日やってきては片付けグッズを買いあさるので、100均のお姉さんには顔を覚えられたに違いない。
 仕事の復帰話と知人夫の単身赴任のおかげで、我が家のキッチンはたいへん美しく、使いやすくなった(自画自賛)。ありがたいことである。

 こうして周りが綺麗になったら、ヤカンの曇りがやたら目につくようになった。ここでやっと、この話の主役、ヤカンの登場である。
 今までヤカンには定位置がなく、キッチンの空いているところに出しっ放しだった。するとやはり油ハネなどですぐに曇ってきてしまう。次男の出産で入院している間に、手伝いに来てくれていた母が一度磨いてくれたのだが、そこから5ヶ月経つと結構な有様である。このたびキッチンを整理してヤカンの置き場所ができたので、綺麗に磨いて収納してやろうと思い立った。

 「落ち込んでいるときはお皿を洗うの」
とある芸能人の言葉を思い出す。余計なことは考えず、無心に手を動かして皿の汚れを落とすことで、心の汚れも落ちてスッキリするんだとか。
 皿と違って、ヤカンにこびりついた油汚れはガンコだ。普通の洗剤とスポンジでは落ちないので、メラミンスポンジでごしごし擦らねばならない。時間も労力もそれなりにかかる。
 我が家のヤカンは3つある。うち2つは、一人暮らしの頃から使っているので、もう20年選手だ。やはり物持ちがいい。でも、私以外の誰かがしてくれたことはあるが、私自身、こんなに一生懸命ヤカンを磨いたことはあっただろうか。そして、ふと、少し前にお払い箱にしたIHクッキングヒーターのことを思い出したのだ。

 オール電化にしてIHクッキングヒーターを初めて導入したのは6、7年前のことだ。料理好きの私がヘビーな使い方をするせいか、寿命と言われる年数よりも格段に早く、2年ほど前から片方のヒーターの調子が悪くなり、湯沸かし機能(つまり最大火力のみ)しか使えなくなっていた。騙し騙し使い続けていたのだが、昨年の暮れに、とうとう全く反応しなくなってしまった。夫は気前よく「新しいの買ったら」と言ってくれていたが、それでも、「まだ片方のIHと、ラジエントヒーターは使えるし」と言って、私はそのまま使い続けた。
 そうしているうちに2月になり、私の出産のため、前述のように母が手伝いに来てくれたのだが、母にしてみれば(ほぼ)1口しかないヒーターは使いにくくて仕方がなかったのだろう。私が入院している間に夫と相談し、退院後に私に新調するよう説得してきた。 
 私にしてみれば、何か強いこだわりがあって半分壊れたヒーターを使い続けていたわけではなく、単にまだ使えるところもあるのに新調しなくても、と考えていただけだったので、母も使いやすいようにとあっさり買い替えを決めた。
 私は性格的に、手放すと決めたら周りも驚愕するほどあっさりバッサリ切り捨ててしまう(人間関係においてもそうなので、いけないと思いつつもなかなか軌道修正できるものではない)。このIHヒーターにしてもそうで、新調すると決めたらおニュー(死語)がいつ来るのかばかり気になって、古い方には全く興味を失ってしまった。
 しかし、母は違った。
 新しいものが届く前日、母は捨てられる古いヒーターを、長い時間をかけて磨いていた。
 その姿を見て、申し訳ないような、悲しいような、言いようのない感情が湧き上がって来て、私も一緒になって磨いた。
 すると母は、
「母さんが好きでやってることやから、あんたは手伝わんでいいんやで」
と言う。私はなぜだか自分もそうしなければならないという思いに襲われ、
「いや、寿命より短かったとはいえ、めっちゃ使わせてもらったから。世話になったし」
と言って磨き続けた。母は、
「なんかなぁ、このまま、汚れたまま捨てるって、ほんまに使い捨て、って感じになってしまうやろ」
と言った。
 その言葉は、私の中に澱のように沈んだ。
 母が綺麗に磨いたヒーターは、段ボール箱に新品と入れ替わりに詰められ引き取られていった。さながら棺に納められた亡骸のようだった。

 ヤカンを磨きながら、私は思索に耽っていた。黙々と単純作業を続ける私の心はなぜかざわつき、沈んでいた澱がもわぁっと浮かび上がってきたのだった。
 そして気付いた。
 私は物を大切にしてはいなかった。ただ長く持ち、ただ無造作に使っていただけだったのだ。
 あのとき感じた言いようのない感情は、自分でも気付いていなかった(もしくは気付かないふりをしていた)本当の自分の姿に気付かされた、きまりの悪さだったのだ。
 
 幼い頃から、物持ちはいいほうだ。
 と、思っていた。しかし違った。
 私は、長い時間をかけて、物を使い捨てにしていただけだった。

 ヤカンは、3つともピカピカになっていた。
 同時に、私の心の澱も少し掬い上げられたようだった。全てなくなったわけではない。まだまだ使い捨て途中のものがある。それらのもの全てを、手を掛けて大切にし、使い切ってやったとき、澱は消えるのだろう。
 誇らしげに光るヤカンたちを見て、私がこれまでモノに対して持っていた思いは「執着」だったのだと気付いた。手を掛けることで、それは「愛着」に変わる。

 次は庭か、洗面所か。
 そう考えてから、何にも優先して、仕事復帰までに産後ほとんど戻っていない自身のワガママボディに愛着を持てるようメンテナンスしなければならないことに思い至った。このままではプロフィール写真詐欺である。

 ああ、ヤカンのようにメラミンスポンジでアブラが落ちればいいのに。


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