【曲からチャレンジ2日め】ショート・ストーリー~東京
東京という街には、慣れたようでなかなか慣れない。
新人研修で同じ班になった人たちは、半分が僕と同じ地方出身者だ。九州出身者がいればなんだかそれだけで仲良くなる。
「最寄り駅、っていう存在にやっと慣れたわ」
佐賀出身のサタケとは、一番気が合う。住まいも割りと近い。それがだいぶ僕の心を軽くしていた。
「だよなあ。俺らの感覚は、最寄り駅って佐賀駅とか長崎駅だもんな」
口に出してみて、その世界観の違いに我ながらおかしくなる。こんなに暴力的な朝の通勤ラッシュも、東京ビギナーにはつらい。
「なあ、サタケはずっとこっちにいんの?」
会社の屋上で、缶コーヒーを飲みながら僕は聞いた。少し訛りが消えてきた気がして嬉しい。
「おいおい、まだ7月やっか」
サタケは地元の言葉を隠そうとしない。そこが僕には田舎臭く映る反面、ぶれない軸を持っているようにも見える。
「オイは、東京にはそがん夢は抱いとらん。そいぎ、こっちで仕事に慣れてコロナが落ち着いたら、異動願いば出すつもり。お前は?」
「うーん・・正直迷うとる」
あーあ、せっかく矯正した言葉が台無しだ。
「こっちは便利かけんなあ」
そうなのだ。眠らない街というのは、慣れるととてもありがたい。
夜中まで診てくれる歯医者や、24時間営業のスーパーは、故郷には数少なかった。電車の乗り換えには戸惑ったけれど、慣れればなんてことなくなった。
故郷にいたときよりだいぶ歩いているので、足は却って鍛えられている。
僕にとってきついのは、夜彼女からかかってくる電話のときだ。
このコロナのご時世、うかうかとは帰れない。彼女は地元の信用金庫の窓口業務だ。長い休暇があっても地元を離れられない。
「もしもし?」
今日の彼女の声は悲しそうだ。
「友達がさ、福岡の彼氏のとこに泊まりにいったとが職場にバレてね」
「うんうん。それで?」
「職場がさ、保育園さね。保護者に高速バスに乗りよるとこば見られて、保育園に電話のあったとって。
それでかなり嫌味言われたとって、泣きよった。・・もう辞めんばかもって」
「それだけで?」
僕は口に出してから、しまったと思った。
狭い地方都市の、そのまた狭いエリアで人に関わる仕事をしている彼女とは、このパンデミックの意味合いが違うのだ。
「それだけ、って・・」
彼女がため息をつく。
「うちらは、濃厚接触者になるとも死活問題ばい。あることないこと、ネットに書かれてさ」
「うん、ごめん。そうだよな」
僕は謝ったつもりだったのだが、その言い方がまた彼女の鬱に拍車をかけてしまった。
「・・東京のひとに、なってしまったとよね。」
悲しそうにつぶやいた彼女は、おやすみも言わずに電話を切ってしまった。
僕はため息をつく。
最近はこんな会話ばっかりだ。こっちではまだまだ地方を引きずっているのに、故郷からは「東京の人」で括られてしまう。
どっちが間違ってるわけでもない。それぞれ、その場所の正義で生きている。
仕方ないのだが、少しその価値観を埋めるのがきついときもある。
東京。
なんとなく、スマホでその単語を検索した。何を調べようとしたわけではなかったが、ひとつの曲がひっかかり、聴いてみる。
「東京/going under ground 」
わりと前の曲のようだが、なぜか今の僕にぴったりで、なんどもなんどもリピートした。
イッツオーライ
大好きな音楽をフルボリュームで…
イッツオーライ
僕らの音楽を大きな声で…
気づくと深夜2時をまわっていたが、東京の街は、またまだ明るかった。
曲からチャレンジ!にみなさん参加ありがとうございます!
まだまだ前半戦。頑張って書くぞ!