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【曲からチャレンジ】7日めショート・ストーリー~ハンプティ・ダンプティ

「ハンプティ・ダンプティって知ってるか?」

彼が唐突に私に聞いた。

「なにそれ?あの鏡の国のアリス?」

私はびっくりして聞き返す。彼はあんまり文学のことを話すような人ではなかったから。

「うんまあ、そんなとこだ」

その時の会話は、そこで終わった。


あの時、もっと深く突っ込んでいれば何か変わったのかもしれないし、すでに手遅れだったのかもしれない。

私の言動で何かを変えられる、というのは思い上がりだ。

彼は彼のレールを走り、私は私のレールの途中の踊り場で、すれ違ったにすぎない。

出会いなんて、そんなもんだと思っている。


いや、違うな。

そう思わないとやってられないからだ。

あの時ああしたら、一時間違っていたら。そんな後悔なんて、もうしたくないのだ。


彼は大学から消えた。

電話も、LINEもTwitterも消えていた。

学生課に聞いても、正当な手続きを踏んでの退学だったとしか教えてくれない。

親が離婚したからだとか、父親の経営する工場がつぶれたからだ、

とかゼミではいろんな噂が飛び交ったが、誰も詳しいことは知らなかった。

彼は必要以上に人と関わるのを避けていたようなところがあったから、

しばらくして、みんな簡単に彼を忘れた。


はじめて一緒に朝を迎えた人だった。

酔いつぶれた路地裏で、私の肩を抱いてくれた人だった。

忘れたくなかった。


でも、たぶん彼は忘れてほしいのだろう。

SNSのアカウントを消すように、自分の存在をなかったことにしたいのだろう。

それを伝えたかったのだろう、と今は思う。

Humpty Dumpty sat on a wall,(ハンプティ・ダンプティが塀に座った)
Humpty Dumpty had a great fall.(ハンプティ・ダンプティが落っこちた)
All the king's horses and all the king's men(王様の馬や家来が全員でかかっても)
Couldn't put Humpty together again.(ハンプティを元には戻せない)マザーグースより

そう。

元には戻せない。


荒川ケンタウロス/ハンプティ・ダンプティ

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