大きなぱんつに思うこと
お腹が少し大きくなってきて、ぱんつのゴムがお腹に跡を残すようになってきた。
「腹がむくんでいるのか?」
見たことのない腹の線をぼんやりと眺めていたら、助産師の先輩に「それぱんつがきついのよ」と言われた。
ズボンだけでなくぱんつも変えないといけないのか。慌てて西松屋でマタニティぱんつとやらを買ってみた。広げてみると、とにかく大きい。臍の上まで十分覆われ、まだ若干の余裕すらある。大きくなってきたお腹は曲線を描くので、途中の一番太いところを越えると一段落というか、そこまで来てくれるとかなり安定感がある。おお、これはいいぞ。心の底からホッとした。3枚セットのそのぱんつをすっかり愛用し、さらに1セットも手に入れた。もう普通のぱんつには戻れない。
洗濯で干す時、履く前に両手でぱんつを広げる時、毎回「おお、でかい」と思う。昔、実家で洗濯物を干す時に祖母や母のぱんつの大きさに驚いた、あの感覚だ。年頃の頃は、ローライズでいかにぱんつを小さく納め、格好良く見せるかに執着していた。しかし、今私は母達と同じあのでかぱんに包まれてホッとしている。
若くして結婚したら、果たして私はこの大きなぱんつを履けただろうか。恋する相手に、このぱんつを履いている自分を見られるのは絶対に嫌だと思うだろう。それぐらい、大きなぱんつは女性らしさや格好良さとかけ離れている。だから、きっとこれを履くことに抵抗がある妊婦さんは、沢山いるのだろうなあと思った。
助産師になった私は、見かけの格好良さよりも身体が冷えないことが大切だと重々わかっている。だから、お腹や足首を冷やさないように、腹巻きをして夏でもサンダルではなく靴下を。今まで妊婦さんにそう指導してきた。しかし、大きなぱんつのインパクトはなかなかのものだった。実際に使ってみて、このアンビバレントな感情に初めて気がついた。
こういう小さな不協和音に気づけることが、当事者になることなのだと思った。わかってはいるけど、嫌だ。そう感じる人に、どういう一言がかけられるか。代替案が提示できるか。腹に何層も布を巻き付けながら、そんなことを考えていた。
(20w5d)