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オンコール奇譚

オンコールなのに、二度寝をした。
この職場で働いて4年目にして初めての大失態である。気が緩みきっている証拠なので引き締めると共に、そのときの自分を思い返すとなかなか滑稽で、とても不思議な感覚だったので、戒めとして記録しておこう。

私の働く産婦人科クリニックは、夜勤が一人体制だ。もう一人、オンコールという当番が待機していて、もしお産があれば呼ばれる。赤ちゃんを取り上げたり内診するのは助産師しかできないので、助産師と看護師、もしくは助産師同士でペアになる。私は助産師なので、相手が看護師の時は、呼ばれたらとにかくすっ飛んでいかないといけない。相手が助産師であっても、お産は一気に進むことがあるので駆けつけるのが常だ。

でも、その晩は様子が違った。夜勤でペアの相手はベテラン助産師さん。オンコールだから早く寝ようと、寒くて震えながら床につき、ようやく暖まりうとうとしかけた時に、クリニックから電話がかかってきた。

「初産婦さんのお産が進んできている。まだ余裕あるからゆっくり来てね」

ゆっくり来てね。
眠気まなこの私には、なぜかそのことばだけが残った。本来、オンコールにゆっくりもなにも存在しない。オンコール、即ガバッ(と起きて)、ピッ(と着替えて)、ゴー(車に乗る)だ。今までずっと、そうしてきたのに。

「そうか、ゆっくりか…。じゃあ、あと5分だけ寝てから行こう」

そして、5分寝てからむくっと起きて、何食わぬ顔でのそのそ車に乗って時計を見たら、なんと電話をもらってから1時間が経過していた。

その時の私の頭の中の???たるや。浦島太郎も、きっとこういう気持ちだったのではないかな。時空が歪んだ?状況が理解できず、とりあえず車を停めて息を整える。

じわじわと、ことのやばさが理解できてきて、真っ青になる。私が来ないから誰かが代わりに呼ばれたのかなとか、今クリニックで起きているであろう状況をいろいろ想像しては冷汗が出る。

時速100キロで車をぶっ飛ばして、電話から1時間20分後に到着した。本来、オンコールの時は20分以内にかけつけなければいけない。掟破りもいいとこだ。

結果としては、初産婦さんで陣痛が弱まっていたことにも救われて、間に合った。先輩も、「私の電話での言い方が悪かったよね〜」と優しく、前代未聞のオンコール二度寝事件もなんとか帳尻があってしまったが、本気で心臓が止まるかと思った。

あとで、同僚にこの話をしたら、
「100キロでぶっ飛ばしたさおりさんも、微弱ってた妊婦さんも赤ちゃんも全員無事でほんとに良かったがーみんな生きているから100点満点」

そう言ってくれて、なんちゅういい子だろうと思った。たしかに、前日は雪も降った道での100キロは、スリップしてもおかしくない。いろんな意味で、あとわずかにして今年一番の恐怖体験だった。

温泉入って心を鎮めて、今日からしばし遠くへ。
スーパー連休をいただくため、しわ寄せのスーパー連勤をがんばった自分には、小声でおつかれさまと言ってあげよう。南無三。