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通勤電車の過ごし方

職場から家が遠いし、朝も帰りも混んでいる電車を利用しているので、通勤時間はとても疲れる。同じ時間でも、歩くのと電車で立っているのとでは、何かが違って、歩くのは問題ないのに、電車で立っているのは辛い。なるべくなら座りたいけど、なかなかできない。

電車の中では、だいたい音楽かラジオを聞きながら、noteの投稿を読んだり携帯に原稿を書いたり、ニュースアプリを見たりする。あとは、本を読んだり、ネットで調べ物をしたり。
けど、これはどちらかというと、習慣と義務感からやっていて、通勤電車での本当に有意義な過ごし方は、ボーッとすることだと思う。

座れたときにも、ついうたた寝をしてしまうけど、後でもったいなかった、ボーッとすればよかった、と思う。

ボーッとするのは、大好きだけど、案外難しい。ディズニーの「くまのプーさん」で、エンディング近くでクリストファーロビンが(すごくいい名前ですよね、クリストファーロビン。一気に言いたいクリストファーロビン。)プーさんに、「(会えない間も)僕の代わりに“なんにもしない”をやってくれる?」と言う。そう、あなたが今思ったように、プーさんも、クリストファーロビンに「“なんにもしない”ってどうするの?」と聞く。するとクリストファーロビンは、「大人がね、“今日は何するの”って聞いてきたら、“なんにも”って答えて、ここに来てなんにもしないのさ」と言う。そういうのが、私の理想のボーッと、である。クリストファーロビン、最高。クリストファーロビン、しびれるぜ。

でも、悩みごとや、心配ごとや、罪悪感とか、そういうものを抱えていると、うまくボーッとできない。悩んだり、心配したり、言い訳してしまう。焦って調べ物したり、検索したり、原稿書いてしまう。疲れすぎたり、病んでいてもダメ。眠ったり、目を閉じてじっとしてしまう。具合悪いことに気をとられる。

例えば、嬉しいことがあったりなんかして、にやにやして、あー楽しかったなぁとか、あるいは、あれ楽しみだなぁとか思ってるうちに、徐々に意識が飛んでいって夢見心地になるのが、いい。いつの間にか時間が過ぎて、降りるべき駅に電車が滑り込んで、慌てて電車を降りる、ぐらいがいい。

それで、後から「ボーッとしちゃったな。なんもしなかったな。てへへ」と思いたい。

自分だけの世界に引きこもって、調和があって安らか。ある意味、坐禅を組むようなときのような、感じなのかな。結構、難しいです。つい、ヘッドフォンして音楽かけてしまう。

本読むのも、休日か通勤時間になってしまって、気になってるとつい読んでしまうけど、本当はやりたくない。昨日も書いたけど、私は無駄な時間を過ごしたいのです。意識高いことしたくない。

けれど日々、結局手持ち無沙汰になって、今日もこの投稿を書いてしまった。あーあ、もったいない。せめて家に着いたら、紅茶でも淹れてゆっくりしようか。

#エッセイ #無の境地 #有意義な過ごし方 #電車通勤 #オフィスレディ


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