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縄文時代5:なぜ1万年も続いた時代が終わってしまったのか?
縄文時代が一万年以上続き、その後弥生時代が始まった理由は、主に農業技術の伝来と社会構造の変化にあります。以下その詳細を説明します。
1. 縄文時代の特徴
縄文時代(紀元前14,000年頃〜紀元前300年頃)は、狩猟採集生活を主とした時代でした。主な特徴として以下の点が挙げられます。
狩猟・採集・漁労: 縄文人は狩猟や採集、漁労を生活の基本としていました。季節によって食べ物を調達し、自然のリズムに沿った生活を送っていました。
土器の使用: 縄文土器という素朴な形状の土器が使われ、これによって調理や貯蔵がしやすくなりました。
小規模な集落: 縄文人は比較的小さな集落を作り、自然環境に依存して生活していました。この時代の人々は自然と調和した生活を送っていたと考えられています。
2. 弥生時代の始まり
弥生時代(紀元前300年頃〜紀元250年頃)は、農業が導入され、社会が大きく変わった時代です。この時代の大きな変化は、稲作の伝来によるものです。
稲作の伝来と影響
稲作の導入: 紀元前1000年頃から、中国や朝鮮半島から稲作が伝わってきました。日本では紀元前300年頃から本格的に稲作が行われるようになり、これが弥生時代の最大の特徴です。
農業社会の発展: 稲作の導入により、狩猟採集だけでなく、定住して農業を営む社会が発展しました。これにより、集落が大規模化し、人口も増加しました。
余剰生産と社会の階層化: 農業により安定した食料供給が可能になると、余剰生産物が生まれました。これにより、富の集中が進み、村のリーダーや有力者が出現し、社会の階層化が進みました。
3. 縄文時代と弥生時代の違い
縄文時代と弥生時代の違いをまとめると、次のようになります。
生活スタイルの違い: 縄文時代は狩猟採集社会であり、自然と調和した生活をしていましたが、弥生時代には農業が中心となり、定住生活が一般的になりました。
社会構造の変化: 縄文時代は比較的平等な社会だったと考えられていますが、弥生時代には階層社会が形成され、村や集落の中に支配層が出現しました。
技術の発展: 縄文時代の土器や石器に比べて、弥生時代にはより洗練された土器(弥生土器)や青銅器、鉄器が使用されるようになり、生活が高度化しました。
4. 気候や環境の変化
縄文時代末期には、気候の寒冷化が進んでいたとされます。これにより、自然環境が変わり、従来の狩猟採集生活が厳しくなったことも、農耕社会への移行を促進した要因と考えられています。
まとめ
縄文時代が終わり、弥生時代が始まった背景には、稲作の導入による農業社会の成立が大きな要因としてあります。農業を中心とした生活が広がることで、社会の階層化や技術の進歩が進み、縄文時代とは異なる新しい社会が形成されました。また、気候や環境の変化も、こうした変化を後押ししました。
歴女さんの以下の動画は秀逸です。とにかく分かりやすい。
縄文人が弥生人によって駆逐されたという説は、現在懐疑的に評価されています。なぜならこの時期に大きな戦闘のあとが残っていないからです。その真偽はともかく、渡来系の人々と先住者たちとの間で交流や交接が進み、徐々に日本各地で縄文時代からゆるやかに弥生時代へと移行したのでしょう。
耳垢の違い
耳垢が湿っているか乾いているかの違いは、日本人の遺伝的なルーツに関係しています。耳垢のタイプは、遺伝子の変異によって決まり、特にABCC11遺伝子という遺伝子が関与しています。この遺伝子の特定の変異が、耳垢が湿っているか乾いているかを決定します。
1. ABCC11遺伝子と耳垢の違い
湿った耳垢: ABCC11遺伝子の機能が正常である場合、耳垢は湿っています。このタイプは主に西洋人やアフリカ系の人々に多く見られます。
乾いた耳垢: ABCC11遺伝子に特定の変異がある場合、耳垢は乾いています。このタイプは主に東アジア人(日本人、韓国人、中国人)に多く見られます。
2. 日本人における耳垢の傾向
日本人の大多数は乾いた耳垢を持っていますが、一部の日本人には湿った耳垢を持つ人もいます。この違いは、日本人の遺伝的なルーツに関係しています。日本人は古代においてさまざまな地域からの遺伝的な影響を受けており、特に弥生時代以降、東アジア大陸からの移住者が影響を与えたと考えられています。
3. 湿った耳垢の由来
湿った耳垢を持つ人は、比較的西方(ヨーロッパや中東)からの遺伝的影響を受けている可能性があります。これは、弥生時代以前に日本列島に住んでいた縄文人が、アジア大陸や他の地域からの移住者と混ざり合った結果とも考えられています。
4. 進化的な意味
耳垢の性質には進化的な理由がある可能性があります。例えば、湿った耳垢を持つ人は、汗腺が活発であるという特徴も持つことが多く、これは湿度の高い環境での生活に適応した結果かもしれません。一方、乾いた耳垢を持つ人は、比較的乾燥した環境に適応してきた可能性があります。
まとめ
耳垢のタイプは、遺伝的な要因で決まり、特にABCC11遺伝子が関係しています。日本人に多い乾いた耳垢は、東アジア地域の遺伝的特徴に基づいており、一方で湿った耳垢を持つ人は、異なる遺伝的ルーツを反映している可能性があります。このような耳垢の違いは、日本人の遺伝的多様性と、歴史的な移民の影響を示す一例です。
長男の耳垢は湿っていますし、長女は乾いています。わたしは乾いていて、長男と長女の母親(つまり昔の奥様)は湿っていました。血液型は皆O型です。日本人の遺伝的なルーツはこのように平和裏に進んでおります笑。
わたしの顔はいささか醤油顔だと自分でも思いますし、昔の奥様はどこかエキゾチックな感じでした。すみません、どうでもいい話でした汗。もとい、何が言いたいかと申しますと、縄文人とか弥生人というのはその時代の区別であって、いずれもれっきとした日本人だということです。
縄文と弥生は自然に時代が移り変わっていったのです。近代から現代へと変わっていったこととあまり違いはありませんが、突出して「縄文時代」が長く続いていることに、自然との関わり方の違いが大きく影響していることは間違いないように感じております。
なぜ縄文時代が終わってしまったのか?の理由は比較的に明確ですが、なおさら「なぜ1万年も続いたのか」というところにわたしは焦点を当てていきたいと思っています。「老子」を少し学んだ者としては、持続可能な社会というものの根底にある「自然との関わり」が隠れたテーマなのです。
ご覧頂き有難うございます。
念水庵
朝の日課の一つに、メダカちゃんたちへ餌をあげる、があります。
足音で寄ってくるんですよ。
可愛いったらありゃしません。
ブーンというエアレーションの音が少々かわいそうです。
動画よろしくお願いします。
昨晩のキャプチャ画像です。
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