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恋愛小説:龍の栖(ドラフト)

今日は恋愛小説「龍のすみか」のドラフトの一部を公開してしまいます。
これが後悔にならなきゃいいのですが・・・{笑い


第一話「野菜の心」

発端

近所の荒れ果てた区画に白いキャンピングカーが停まっている。一道いちどうが今朝散歩していて気づいたのだが、どうやらまだ眠っているらしい。一道は車の主が怪しい者でなければいいのだがと思いながら、朝のラジオ体操のボリュームを下げた。

一道は、この昔の別荘地の住民である。10年前に一画を購入し、DIYセルフメイドで小屋を建てて移り住んでいる。会社を定年退職してのいわゆる年金ぐらしだが生活は比較的優雅なものだ。なにしろ一人暮らしで野菜を作ったり、ニワトリやヤギなども飼っている。ときおりピアノやギターの音まで聴こえてくる。

近所の県道沿いに喫茶店「Be」があって、一道は朝の散歩と体操が終わると作務衣姿でモーニングサービスを注文するのが日課(ルーティン)だ。

「おはようございます。いつものお願いします」

Beのママは、この界隈の先住者で大阪出身のアラフォー。常連客はこのママの魅力と美味しい手料理にご満悦。朝、昼、夕の定食とコーヒー以外に決まったメニューはない。お酒はご法度。アルバイトの若い女性が一人いて名前は「千夏」ちゃん。千夏は、一道の畑仕事なども手伝っている。

「一道さん、お待ちどうさま。キャンピングカー見た?」

「見たよ。大きいね。変なのじゃないといいけど」

「そうよね。千夏ちゃんも見たって」

「近頃は変なの多いから、気をつけないとね」

一道の朝食は、毎日ご飯と味噌汁と梅干しだけである。朝食後のコーヒーを飲んで7時半には店を出る。入れ違いに若者が入ってきた。

「やってますか。大丈夫ですか」

背の高い、精悍な感じのする青年だった。

「いらっしゃいませ。うちは定食とコーヒーだけですけどいいですか?」

「何でもいいです。それ大盛りでお願いします」

「かしこまりました。少しお待ち下さい」

ママは、キャンピングカーの人だと直感した。通りすがりや常連客なら9時前にならないと来ないからだ。元気な青年の声に好感をもったのと、天気の良さが幸いして、何となく安堵の表情を浮かべた。

「どちらから見えたんですか?」

ママが定食を並べながら青年に尋ねた。

「お世話になります。上の方の地面を買ったんです。今日からここの住民やります。中野といいます。あの、キャンピングカー生活です」

中野は朝食に目を向けながら一気に自己紹介した。ママは中野の美味しそうにパクつく姿に眼をやりながら頷いた。

「そうなんや。さっき居てはった人と話してたんよ。誰やろねって」

「あっ、さっきのおじいさん、もしかして一道さんですか?」

「なんで知ってはるの?御親戚?」

「とんでもないです。ネットでは結構有名な人です」

「そう。この野菜も卵も全部一道さんが作らはったの」

「ほんと、美味しいっすね。聞いてた通りっちゅうか、予想以上です」


邂逅

中野が一道を訪ねた。
バラの門をくぐると一気にニワトリの声と匂いがした。

「ごめんください。
はじめまして中野と申します。あそこに止めてあるキャンピングカーの者です」

「キャンプですか?」

「いえ、じつは、あそこの地面を買いまして、今日市役所へ行って住民登録いたします。お世話になります」

「そうですか。いやはや安心しました。誰かな?ってさっき喫茶店で話してた矢先でした」

「まずは草を刈って駐車スペースを確保いたします。路駐ではまずいでしょうから」

「草刈りの道具はお持ちですか?」

「あとでホームセンターに寄って草刈りの鎌を買います」

「ちょっと見に行きましょうか」

一道は、中野の地面の方へさっさと歩き出した。
つられて中野があとから付いて行く。

「どの辺りを刈るつもりかね」

中野が指を指しながら、草茫々の中を分け入って言った。

「このあたりまで刈れば、車は収まると思います」

「じゃあ、君が市役所に行っている間に草刈り機でざっと刈っておこう」

「いや、そんな初対面の者に、そこまでしていただくなんて・・・」

「遠慮は無用。家宅侵入罪にはならんやろ。歓迎の挨拶みたいなものや」

「恐れ入ります。助かります」

「こんなに伸びてると手鎌では大変だから。ざっと機械で刈っておく」

「ありがとうございます」

「なあに。お互い様。さっき同じ釜の飯を食った仲の、中野さん笑」


武術

中野が戻ってくると、一道は草刈り機のエンジンを切った。

「早かったね。市役所は問題なかった?」

「ええ、とても親切に対応してくれました。田舎はすごくいいですね。親身になってくれました」

「それは良かった。ところで仕事は」

「会社辞めたんです。色々あって。キャンピングカーで全国まわってました。そのとき一道さんの動画みました。自然農法と武術のです」

「そうですか。自然農法はともかく、武術は動画撮ってないですが」

「そうでした。武術のことは合気道の先輩に聞きました」

「わたしのは、武術でも合気道でもないですよ」

「ええ、『不争』でしょ。それを学びたいと思いました」

「ほほう。ずいぶんと詳しいですな」

・・・

「給料は要りませんので、ここで働かせていただけませんか?」

「ちょっと待って。ご家族は」

「両親は離婚していますし、兄弟もいません。独り者です」

「働くっていっても、これでも結構大変だよ」

「大丈夫です。教えていただければ何でもします」

「キャンピングカーなら住むには困らんか」

「水は出るし、電気はソーラー発電ですし、少々の蓄えはあります」

「ここの水は簡易水道で山の湧水やから無料(ただ)でうまい」

「ええ、こないだ初めて飲んだとき、ここに住もうと決めました」

「キャンピングカーなら車の税金とか維持費はかかるが、建物の固定資産税はかからんで済むし、土地の固定資産税も安いもんだ」

「そうなんです。お見通しですね」

「さっきから気になってるのは、『不争』のことだ。これは武術や体術に似ているが全く違う。やってみるかね」

「ぜひお願いします。見てみたいんです」

「君は合気道をやってたのかね」

「ええ、柔道とボクシングもやってました」

「じゃあ、どこからでも、いつでも攻撃してみてください」

・・・

一道は一切構えない。だがどこにも隙がないように感じる。中野は黙って一気に拳を伸ばした。その瞬間だった。

拳が空を切った。

続けて中野は一道の襟をつかもうと前に出た。

するりと一道が消えた。

こんな馬鹿な。中野はわが眼を疑った。一道は後ろに居たのだ。
何度か多彩な仕掛けで望んだが、まったく歯ごたえがない。
抜き技のような反転攻勢もない。
中野は息を切らしていた。

「参りました」

一道に呼吸の乱れは無かった。

「不争が、少しはわかったかね」

「ええ、とことん争わないですね。聞きしに勝る・・・」

「百聞は一見に如かず。闘ってはだめなんだ。少しでも相手を攻撃したらその時点で負けが決まる。わかりますか」

「よーく、わ、わかりました」

「どんな悪い人間でも相手が一切歯向かってこないとわかったら、途端に調子が狂い態度が変わる。それが人間。真の『柔よく剛を制す』というところかな。少し休んだら、おいしい生ジュースを飲みましょう」

そこへ、タイミングよく千夏がジュースを運んできた。

「おつかれさまです。とびきりの野菜ジュースですよ」

「アッ、はじめまして」
中野が顔をあげて千夏に挨拶した。それが二人の出会いであった。


農行

「千夏ちゃん、紹介しよう。今度こちらに引っ越されてきた中野くんだ。キャンピングカーの」

「はじめまして、斎藤千夏です。みんなチカちゃんて呼んでくれはるけど、ほんとはチナツです。でもチカでいいです。一道さんとことBeで働いてます。よろしくです」

「こちらこそ。中野鉄平です。鉄の平らで鉄平といいます。僕も畑仕事手伝わせて頂きますので、よろしくお願いします」

「ここの畑で取れた多彩な野菜ジュース。お上がりなさい」

鉄平はごくごく飲んだ。喉が乾いていたので一気に空になった。

「あ~、うまいです。水よりうまいジュースですね、これは」

「おかわりつくってきますね。一道さんも?」

「わたしはいいです。
ここでは畑仕事を農業の農と修行の行をつづめて『農行』と言ってます。先代が開かれた農園でね。わたしもあなたのように先代に憧れてここにやって来た。もう10年も前のことです」

「そうだったんですね。斎藤さんはいつから」

「去年の春やったかな。たまたま友達と近くの『メタセコイヤ並木』に観光に来てて、そこのBeでママと話していたのがきっかけでウチに来るようになった。今はBeの2階に住んでるんやで」

「そうですか。ますます楽しみになりまし、いや、あの…その…」

「千夏ちゃんは、ほんといい子だよ。野菜や卵も道の駅で販売してくれてるんだ。これでも売れ行き好調でね。まあ、看板娘ってとこかな」

「いや、これ、ほんとにいいです。少々高くても無農薬・化学肥料なしの自然農法で採れた野菜。しかもめっちゃ美味しいときてます。売れないはずがありません。今度一緒に道の駅行っていいですか」

「積極的なのは結構。しかし、まずは修行、農行だよ。野菜の心を掴むことだね。それが人の心をつかむ第一歩じゃないかな」

一道は、彼の中に過去の自分を見ていた。やはり積極的だった。

第一話 終わり


龍のすみか(イメージ)


まったくのドラフトですが、お読み頂き有難うございます。
ご意見・ご感想をお寄せいただけたら幸いです。
この後の展開は、内緒ですが、ある事件に巻き込まれていきます。
乞うご期待、お楽しみに。

念水庵の「水」


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