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禅の道(80)頭燃をすくう

「頭燃をすくう」という坐禅の術

坐禅の最中に、妄想や雑念が浮かんでくる経験は、誰もが通る道です。道元禅師が著した『普勧坐禅儀』でも、「姿勢を正すこと」が強調されていますが、実際に坐禅をしていると、心は静まるどころか、次から次へと新たな思考が浮かび上がります。

この状態を、禅の言葉では「頭燃をすくう」と例えます。頭が火に包まれているように、念や妄想が沸き上がり、それに囚われてしまう様子を示しています。この火を放置しておけば、ますます燃え広がり、心の静けさは遠ざかってしまいます。では、どうすれば良いのでしょうか?

念気これ病、継がざるこれ薬

禅の教えに、「念気これ病、継がざるこれ薬」という言葉があります。これは、妄想や念が生じること自体は避けられないが、それを追い続けなければ問題にはならない、という意味です。坐禅において重要なのは、この浮かんだ念をどう扱うかです。

念が浮かんだとき、私たちの反応としては、それを深掘りしてしまうことがあります。「なぜこんなことを考えているのか?」「この念はどういう意味があるのか?」といった問いが頭を巡り、気がつけば念に飲み込まれてしまいます。しかし、この教えは、念が浮かんだ瞬間にそれを意識し、続けずに流していくことを勧めています。

姿勢を整えることの大切さ

『普勧坐禅儀』では、妄想を取り除く具体的な方法として、姿勢を正すことが挙げられています。坐禅の基本的な姿勢を確認しましょう:

  1. 骨盤を立て、反り腰や猫背にならないようにする。

  2. 頭頂部を天に向け、背骨を一直線に保つ。

  3. 手の位置は定められた法界定印を保ちながらリラックス。

これらのポイントを守り、呼吸を整えることで、心を今この瞬間に引き戻すことができます。妄想が浮かんだときには、まずこの姿勢を再確認してみてください。驚くほど効果的に、思考を中断させることができます。

生涯続く取り組みとしての坐禅

妄想や念を完全になくすことは、人間の本質として不可能です。どれほど修行を積んでも、念や妄想は次々に浮かんできます。しかしそれに対処する術を身につけ続けていくことが、坐禅の道です。初心者も、長年修行を続けている人も、この取り組みは変わりません。

禅の道は、最終的なゴールを追い求めるものではなく、日々の実践そのものが道です。妄想が浮かぶことを恐れず、それをさっと受け流し、姿勢を正し、呼吸を整える。その積み重ねこそが、禅の深い境地へと導いてくれるのです。

まとめ

「頭燃をすくう」という表現は、妄想や雑念に囚われる私たちの姿を的確に表しています。坐禅を通じて、この火を払う術を身につけていきましょう。道元禅師の教えを参考に、姿勢を整え、念を続けず、心を静かに保つ実践を続けてください。それが、禅の道を生きる工夫のひとつです。

禅の道は、坐禅道。


ご覧いただき有難うございます。
念水庵 正道


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