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ロボット時代における飲食店の未来

この前ファミリーレストランに久しぶりに行ってみたところ、注文はタッチパネルで済ませることができ、ロボットが席まで料理を運んできてくれることに驚きを隠せませんでした。

デジタル化とロボット化を突き進めることで、ほぼ無人で飲食店の運営ができるようになる日も遠くはないかもしれません。

ロボットの導入初期における設備投資こそ莫大な金額かもしれませんが、店舗運営において占める人件費の割合を考えてみれば、いずれ投資した分のリターンを取り返すことができます。

肝心の消費者としての顧客満足度はどうだったかと言うと、個人的には何の不満もなく快適なひと時を過ごすことができました。

メニューは自分のペースで落ち着いて選ぶことができるし、料理が届くまでのスピードも問題がありません。

何よりもロボットが料理を提供してくる体験が刺激的であり、エンターテインメント的な要素も加味されたサービスを楽しむことができました。

今後も飲食店におけるデジタル化とロボット化の流れは加速していくでしょう。

一方で、複数の店員さんでお店を切り盛りしている賑やかな大衆居酒屋にも行く機会がありました。店員さん達の大きな声とお客さんの笑い声が響き渡るような、活気のあるお店です。

その様子を見た時に、ロボット化は加速するだろうけど、人が働くお店もなくならないだろうなと思いました。

その活気に魅力を感じたこともありますが、理由はそれだけではありません。

自分が労働から解き放たれた休息のひと時に、一生懸命働いている別の人からサービスを提供されることの有難みに、ロボットでは出せない価値を垣間見た気がしたからです。

自分が働いている時にのんびりしている人を見ると羨ましくなるのと同じように、他人が働いている時に自分がのんびりすることができると優越感に浸ることができます。何だか現金な言い方にはなってしまいましたが、実際に沸き起こる感情だと思います。

ロボットは疲弊することがないため、料理を運んできてくれた時にも「忙しいなかわざわざ運んできてくれてありがとう」といった情緒的な価値を感じることはありません。感じるのは機能的な価値だけです。

その点、忙しそうで賑やかな活気のある大衆居酒屋で働く店員さんが両手でたくさんのビールジョッキを掴んで持ってきてくれると、心の底から「ありがとう」という気持ちが沸き起こります。そういうビールは何だかいつもより美味しく感じるものです。

そのビールはロボットに運ばれた場合よりも少しだけ割高かもしれません。

それは、経済学的に言えば人件費が上乗せされただけですが、そこにはロボットが出すことのできない情緒的な価値を感じることができるのです。

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