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おいしい話~松島屋の豆大福~
こんにちは。
さんぽ屋のサトウです。
本日は、和菓子の話。大福の話です。
いざ、松島屋。
和菓子、特に大福が好きと言っておきながら、東京三大大福を食べたことがなかった私。
これはイカン(?)と思って、年内には三大大福を制覇してみたいと思い、まずは松島屋さんへ。
ちなみに東京三大大福とは、以下の三つ。
松島屋(港区高輪)
瑞穂(渋谷区神宮前)
群林堂(文京区音羽)
当日はわくわくする心を抑えながら、松島屋さんへ。この日は雨だったので、並ぶ人が少ないのでは?と期待していたけど、開店30分前からすでに並ぶ人々が。大福を求める人々に雨の日も風の日もないみたい。
ただし人が多く並んでも、メニューはシンプルだし、お店の人もさばくのが早いので、そんなに待たない。
待望の豆大福、きび大福、草大福、みたらし団子を購入。
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感想は、
「ウマイ・・・これはウマイ」(ボキャブラリー乏しすぎ)
やっぱり豆大福が秀逸。塩気のある餡が特徴的。これは5個くらいぺろりと食べられそうに思った。
東京三大大福を松島屋さんから攻めようと思ったのには理由が。
『あんこの本』という本に松島屋さんが掲載されていて、心を鷲掴みされたから。
小豆の旨みってさ、皮と呉の間にあるわけよ。皮をある程度、時間をかけて煮ることで、小豆の旨みがどんどん出てきて風味がよくなるわけ。(中略)大福のつぶしあんなんて、もうガンッガンに煮ちゃっていいわけ。ガンッガン煮ちゃって、豆が割れようが何しようが、とにかく旨みを出しますよ、っていう。見てくれが悪いがなんだろうが、食べて、もう最っ高にうまいんだ、っていうものを作りたいのよ。
これを読んだなら、もう行かずにはいられなかった。
行くと決めた日まで、そわそわと落ち着かなかった。
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傍から見ていると、「よく並ぶな~しかもこんな雨の日に」と思うのだけど、自分もその当事者なんだな笑。
でも食べて納得。これは、並ぶよね。
おいしい和菓子は、さんぽをもっと楽しくする。
食べられるなら、どこまでも歩いてゆくよ。
私の生きる理由。(言い過ぎ?)
ちょっと歴史
せっかくなので、この土地周辺の歴史の話を。
松島屋さんの近くには、泉岳寺があります。
吉田松陰が、
「かくすれば かくなるものと 知りながら やむにやまれぬ 大和魂」
(こうすればこうなることはわかっている。それでも実行せずにはいられなかったのだ。それが大和魂というものだよ。)
と泣かせる歌を詠んだのが、この泉岳寺の前だったのです。
この時、吉田松陰は、アメリカに密航しようとした罪で捕まり、罪人として江戸まで搬送される途中でした。
当時、密航は死罪にあたる重罪。
密航に失敗すれば、死罪になる。そんなことはわかっているけれども、やらなければいけなかったやむない事情とはなんだったのか。
それは当時、このままだと日本が西欧諸国の植民地にされてしまうのではないかという危機感。
アメリカなど敵と戦うには、まず敵のことを知る必要があると考えた松陰は、アメリカに渡ろうとしたのです。
しかし、もし松陰を連れて行けば、アメリカ側が罪を問われる事態になるため、密航は失敗。
松陰は自首し、投獄されることになりました。
この行動について、あの有名な黒船のペリーが称賛を表しています。
この事件は、知識を増すためなら国の厳格な法律を無視することも、死の危険を冒すことも辞さなかった二人の教養ある日本人の激しい知識欲を示すものとして、実に興味深かった。日本人は間違いなく探求心のある国民であり、道徳的、知的能力を広げる機会を歓迎するだろう。(中略)この日本人の性向を見れば、この興味深い国の前途はなんと可能性を秘めていることか、そして付言すれば、何と有望であることか!
ちなみに「この二人」とは吉田松陰と、金子重輔(かねこしげのすけ)のことです。二人で密航を企てたのです。
こうした当時の日本人の命がけの行動が、日本人の評価につながり、日本を守ってきたんですよね。
「なんか日本人、すごいかも」
「日本は一筋縄では、植民地にできそうにない」
と思わせたからこそ、簡単に西欧諸国も攻め入ることができなかったのです。
「日本人はなんか弱そうだ」なんて思われたら、攻め込まれて植民地にされていたかもしれませんよね。
というわけで、日本が今こうして存在するのは、こういった日本人の先輩方の行動のおかげなんだな~と思ったりするわけです。
歴史は、私たちと遠く離れた関係のないものではなく、すごく濃く関係しているんですよね☺️
そういう目線で見ていくと、歴史が面白くなる。
日本が好きになる。
日本に生まれた自分が、誇らしくなる。
・・・かもしれない。