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苦いあいつ in台湾


どうしても、やってみたいことがあった。


「これをやってみたいんだけど…。」
周りの台湾人に伝えると、こぞって「やめときなよ!いいことないよ!」とかんばしくない反応が返ってくるのがオチだ。
でも、どうしてもやってみたくて、じわじわと私を追い詰めてくる好奇心に争うことができないでいた。


そんな、私の好奇心を掻き立てたやつの名は、檳榔(ビンロウ)。
ビンロウとは、ヤシの仲間の植物で、親指くらいの小さい実がなる。噛みタバコのようにその実を噛むと、タバコやアルコールを摂取すると感じるような浮遊感を味わえるらしい。


学校の近くにあるお店を数日前からマークしておいて、今日こそは買ってみるのだと自らを奮い立たせる。最終チェックとして一回店の前を素通りする。
こういう店の店員さんはおばさんが多いのだが、今日に限ってそこにいたのは、唇が紫に染まりきり、赤い目をした強面の紳士だった。早速怯んでしまった私は一回退散し、呼吸を整えてから、再度挑戦。

こういう時は自信を持って「一個ください!」という方が色々うまくいくような気がして、陽気な風にその紳士にお金を渡す。
そもそも、ビンロウを嗜む年齢層はおじさんで、トラックやタクシーの運転手が多くの買い手を占めるみたいなので、想定外の客に驚いたのか、紫の紳士は「ど、どの国の人?」と私に聞き、いつの間にか隣にいた奥さんは、歓迎の笑顔なのか、はたまた苦笑いなのか断言しかねるような表情を私に投げかけてきた。

まあとにかくお目当ての品を手に入れることができて嬉しかった。

5個で50元(約250円)
中身、じゃじゃーん


ビンロウは一つ一つ葉っぱに巻かれている。葉っぱに付いている白いものは石灰で、あまりにも苦いビンロウの味を緩和するためにつけられているみたいだ。

深呼吸してから、巻かれたビンロウ一つを口に放り込み、噛んでいくと、青臭い苦味が口いっぱいに広がって、ものすごい渋みに変わっていく。とっても苦い!
舌がピリピリして辛いような気もする。刺激の強すぎる味で、割とすぐに吐き出した。噛んでいるとだんだん赤い液体が出てくるらしく、血液を薄めたような液体が口から出てくることにもびっくり。
確かに、これが思い込みでなければ、お酒を飲んだ時のようなふわんとした感覚を覚えたし、目が冴える、というか見るものの色彩が鮮明になる(私の場合お酒を飲むとよくなる)感じもした。

台湾人が口すっぱく止めてくれたのには理由もあって、ビンロウには発がん性の成分が含まれているみたいだ。だから、もうこれ以上は食べることはないだろう!(なにしろ苦いので…)



そういえば、この間台北の古本屋さんに行った時、こんな本を見つけた。
「本草」ってどこかで聞いたことあるなあと思いつつペラペラとページをめくってみると、中には「檳榔」の文字が!

ビタミンカラー
ビンロウがあったぞう!

手書き感満載のイラストの下に何やら説明が書いてある。漢字辞典を使ってわかる範囲で解読してみることにした。
(よく分からないところは飛ばしたり意訳しているので「ふーん」と軽く受け取ってください)

この本によると、ビンロウの効能としては

  • 気の滞りと風邪を解消する。

  • 心臓に高く行き止まっている活力を下に分散させる。

  • お腹の張りを和らげ、痰のつまりを無くす。

  • 酒の中毒から醒めさせる。

  • 消化不良、腹部のしこり、その他流行病やマラリア、下痢を治す。

  • むくみや脚気にも効き、お通じを良くする。

といったものが挙げられている。


しかし、取り過ぎは気(活力)を損なうことに繫がる、と注意書きがあり、ビンロウの中でもハート形のように鋭く、美しい模様のものは良い働きをするので効能も高まる、と選ぶ時のアドバイスまでしてくれている。
あと、小さい文字で毛(?)に湧く虱にはビンロウを擦れば効く、とコソッと書いてある。ほう、興味深い!

ということで、ビンロウはただ単に害のある植物ではなく、人体に良い要素を少なからず有しているものなのだろうか。



さて、この面白半分にゲットした本、「増批本草備要」の正体はなんだったのかという話であるが、これを説明するには、「本草」の歴史を辿ることになりそうだ。

山田慶兒著『本草と夢と錬金術とー物質的想像力の現象学ー』という本を参考にすると、「本草」という学問が成立したのは前漢(BC206~208)末。
最古の本草書は「神農本草経」で、西暦紀元頃にその原型が書かれていたようだ。

その後、陶弘景が「神農本草経」に薬物の数を足し、「集注本草」をまとめる。両者の違いは、一言で言ってしまえば「分類の仕方」にある。
「神農本草経」では「上薬・中薬・下薬」と分類し、それぞれを毒の有無で分けた。健康であれば毒のない上薬を、病気にかかりそうなら少し服用に注意が必要な中薬を、病気であれば毒のある下薬を、と段階的な治療の指標を用いた点に特徴がある。
一方「集注本草」ではその分類の仕方に加えて、「玉石・草木・虫獣・果・菜…」などの自然分類を新たに導入した。
その後、「集注本草」の分類方法を基本としつつ、内容が訂正されたり新薬が追加されたりして、「新修本草」、「政和本草」と続いて編纂されていく。

明の時代に入ると、李時珍がこの流れの中で「本草網目」をまとめ、効能による分類を廃止し、各部内をさらに細分化した。
ここで、やっと私が手に入れた「本草備要」という本の成立にグッと近づく。
この本「本草備要」は1694年、清代に入ってから汪昂によって編纂され、詳細すぎるとも言える「本草網目」の内容をもう少し調整したもののようだ。
確かに、図書館で「本草網目」を手に取ってみたが、とても重くて分厚い。こんなにコンパクトになっているのは、確かにありがたいのかもしれない。

ちなみに、手に入れたこの本の出版年は民国74年(1985年)で、年季の入った見た目とは裏腹に結構最近のものである。しかし、初めのページの”序”の内容を読んでみると、民国24年(1935年)と記載されており、1694年に出版されてから訂正、追加が重ねられてきたことがうかがえる。



この「本草書」たるものは、植物だけでなく、鉱石や虫、人体(髪の毛や母乳)などの思わずギョッとするような項目も載っており、結構面白い。すぐに手に入るものではない気もするので、もし極限に暇であれば探して読んでみるのもおすすめです。





(おまけ)
キラキラビンロウ屋さん
(これでもかと電気を光らせているビンロウ屋さんは、大きな道路沿いに割と良くある)





では、また!


今回も読んでくれてありがとうございます。



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