恥ずかしがり屋さんのコミュニティ シニアディスコ
シニアディスコ
そう聞いて、だれが何をしている絵を想像するだろうか。
大阪のある町で、年3回だけ開かれる小さなイベントがある。
それはシニアたちが集うダンスイベントだ。
私たちは、未来のためにシニアディスコという文化を作ろうとしている。
私は以前、高齢者を対象とした地域活動を支援する仕事をしていた。担当地域には、健康体操、茶話会、コーラス…
これらの活動には暗黙の共通認識があって、当時の私は何とも言い表せない息苦しさを感じていた。
それは、「集って、しゃべって、仲良くなることが善し」という考えだ。
高齢者の孤立が社会課題となって久しい。
大阪はひとり暮らしの高齢者が多い町だ。
高齢者福祉や地域福祉と言われる分野に身を置いていると、「高齢者の孤立」がいかに深刻な社会課題であるかを教えられる。
「地域で顔の見える関係をつくろう」
「災害時に備えて、日頃から交流を」
「高齢者が集う活動を」
行政や地縁団体から、回覧板に挟まれた広報誌を通して発信されるスローガンの数々。
正しい。確かに正しい。
では、それらの活動に参加しない、参加したくないシニアはどう考えているのか。彼らがぽつりぽつりと語る。
「しゃべりたないねん」
しゃべりたくない人が、しゃべることを善しとしている場に出向くはずがない。
こう語った70代の女性もいた。
「近所の体操サークルへ行ったけど、馴染めなかった。昔からおしゃべりが苦手で」と。
しかし、この言葉には他の意味も隠されている。
しゃべるのはしんどいけれど、集って、仲良くなることは、イヤではない
ということだ。
年を取ると行動できる範囲が狭くなる。
歩いて行ける距離で楽しみを見つけたい。
そう思う恥ずかしがり屋さんのために、私たちは考えた。
しゃべらなくていい、踊ろう。
その瞬間だけ集い、音楽とダンスを楽しむ。
集まって踊る楽しさを共有する、刹那的な交流の場としてシニアディスコは始まった。
予想していなかったが、シニアディスコに集うのは、シニアだけではない。
20代の若者もやって来る。
今、シニアディスコは広がりつつある。
「やってみたい」と思う人が、それぞれの個性を持ったシニアディスコを始めている。
あちこちに個性豊かなシニアディスコがあって、
「今夜、どこのシニアディスコに行く?」という会話がそこここでされる。
恥ずかしがり屋さんもそうでない人も、ダンスを楽しむ。
私たちはそんな町の未来を夢見ている。