太宰治の手紙を読む 1
これから私は、数年前に発見された太宰治の手紙2通を読みつつ、我が座右の銘ならぬ座右の書、猪瀬直樹「ピカレスク」、その第5章「第4の事件」冒頭あたり、第2回と第3回芥川賞を巡る太宰の逡巡のようすを、自分なりに補完しながら思いを巡らせてみようと思うのである。猪瀬先生の偉業に対して、甚だ烏滸がましくも無礼千万な試みと承知はしているけれど、太宰にイカレた一人のじじいの、熱い気持ちを解って頂ければとも思っている。
1,2015年発見の佐藤春夫宛手紙
近年発見された太宰治の手紙が二通あるのは、太宰ファン界隈では周知の通り。2015年のものと2022年のもので、いずれも佐藤春夫宛である。
まず2015年に発見された手紙は、次期の芥川賞を懇願するもので、4.1メートルもの巻紙に毛筆で書かれており、現在の私たちから見ると、まさに圧巻そのものである。
ここからは「ピカレスク」と河野龍也氏の新聞記事を併せ、周辺を噛み砕いて見よう。
太宰が賞金と名誉の両得をねらって、第2回の芥川賞を佐藤春夫に愁訴した話は有名で、これまでその証拠とされてきた手紙は1936年(昭和11年)の2月5日付けのもの。
「佐藤さんひとりがたのみでございます。私は恩をしって居ります。わたしは すぐれたる作品を書きました。~ 芥川賞をもらへば私は人の情けに泣くでせう」と書かれてある。
史実によればその少し前、確かに佐藤から「努めて厳粛なる三十枚を完成させよ。(賞金の)金五百円はやがてきみのものたるべしとぞ」という意味深な手紙を貰っていたとのこと。
太宰治全集の書簡集を広げるとこの年はめだって佐藤宛の書状が多い。
ところが第2回は該当作なしとなった。一方では川端康成とのやりとりもあって、芥川賞に固執した太宰の必死さが如実に現れている。
その後第3回の候補にも挙がらなかった太宰は、憤懣やるせない気持ちを抑えきれず、芥川賞を佐藤春夫に確約されていたかのような一文を、1936年10月に「創世記」に載せた。
私は今回あらためてこの創世記を読んでみたが、正直なところ前半はなにを言っているのかさっぱりわからない。書き出しのカタカナ文も読みづらく閉口してしまった。後半に至ってやっと佐藤先生から呼び出しを受けて、芥川賞を云々の一文が出てくる。これはなかなか興味深く読むことができた。
(ここからは河野龍也氏の新聞記事に拠るのだが)これに対し、文壇の諸氏から批判を浴びた佐藤は、弁明のため一文を載せる。(「改造」芥川賞、憤怒こそ愛の極点)その文中で太宰からの手紙の一部を引用しながら、確かに太宰から明確な要求があったのだとされている。しかし引用されなかった2月5日の手紙は発見されたものの、この太字でマーキングした当の手紙が、佐藤春夫の遺品から見つからなかったことから、後年の太宰文学の学者のなかでは???佐藤春夫のフィクション???となっていたそうな。当該の手紙が2015年になってやっと発見され、佐藤のフィクションではなく太宰の熱い懇願手紙がマジにあったのね、というわけだ。まとめれば佐藤春夫に直接泣きついている手紙は、1月28日、2月5日と2通あったと言うことになる。
以下、この懇願手紙を読んだ私の拙い記事。
2、2022年発見の佐藤春夫宛ての手紙
さて、2022年に発見された手紙は、1936年10月7日付けで、師である佐藤に怒られた太宰が、狼狽しながら書いたもの、とのことだ。
今回、この手紙を早速読んでみたいと思って、ネット上で探してみたが全文を載せているトピックは、探し足りなかったかも知れないけど、皆無であった。和歌山の佐藤春夫記念館に問い合わせたが、特段展示の予定はないとのことだった。
そこで私はこの狼狽手紙を、全文、テキストに起こす事とした。
調査してみると、最近発刊された「知られざる佐藤春夫の軌跡」という本に写真が載っているらしい。まあ申し訳ないけど佐藤春夫に興味はないので、近くの市立図書館に行きこの本を購入リクエストし、取り寄せて貰った。他の新発見書簡も含めて、何とかコピーもできたので、早速文字起こしをしてみた次第である。
まず手紙の文頭、剣道になぞらえて佐藤を責めているのが特徴で、その後には、私信なので当人たちにしか分からない会話の続きなどもあるのだけど、それにしても、挙動不審な、しどろもどろの文が続いている。
最後の「原稿返された」、には太宰の弱気な一面が露呈された気もして、何だかちょっとホッとした私だった。
60枚の原稿は「ダス・ゲマイネ」だろうか?違うかな?こんな名作を突き返すだなんて、編集者どうかしてるぜ!!!(笑)
新発見書簡でも没後50年経っているので著作権はないのかしら?全文をnote 記事に貼り付けたいのだけど。
さあ、次回の記事は、1936年、太宰が佐藤春夫に絡む辺りを再度整理して、時系列表にしてみようか、そうすれば「ピカレスク」に新たな1ページを足せるのではないかと、そんな烏滸がましい悪巧みを画策している私である。( ̄~ ̄)ニヤリ