初代国立劇場グランドフィナーレ さよなら四景
わたしと国立劇場(半蔵門)との出会いは、おそらく2015年2月の文楽公演。たしか、高校生のときにも課外学習で歌舞伎と文楽を観に来ているはずなのだけれど、残念ながらほとんど記憶がない。
伝統芸能の世界に新しく出会いなおしてから、もうすぐ10年の月日が経とうとしていることにギョッとしつつ。通い詰めるというほどでもなく、ゆるやかに半蔵門の駅に降り立っていた身としては、これまでそこに在って当たり前だった初代国立劇場が一時閉場することには、まだ、あまり実感をもてていない。
文楽に出会った国立劇場 小劇場で、最後に観るのが「落語」というのも不思議なご縁。思えば、わたしの伝統芸能遍歴そのものにあまり脈絡がないのだから、まあそんなものだろうか。
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初代国立劇場さよなら公演
さよなら四景
◆ 昼の部 ◆
春風亭貫いち 十徳
春風亭一之輔 もぐら泥
春風亭一朝 七段目
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桃月庵白酒 松曳き
五街道雲助 夜鷹そば屋
◆ 夜の部 ◆
春風亭貫いち 狸の札
桃月庵白酒 替り目
柳家権太楼 火焔太鼓
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柳家三三 磯の鮑
柳家さん喬 柳田格之進
2023/10/02
国立劇場 小劇場
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特別感傷的な気持ちも持ちあわせず伺ったのだけれど、最後まで観てすっかり感極まってしまった。いい年をして、国立劇場とも落語ともたいして付き合いが長くも深くもないくせして、べそべそ涙と鼻水を垂れ流しながら帰った。
隣の劇場(大劇場)での歌右衛門さんの思い出話を引き出しつつ、芝居噺をかけられた一朝師匠。
喉の手術の前に「これが最後かも」と覚悟をしながら口演した「火焔太鼓」を、また、ここでかけようと選んでこられた権太楼師匠。
まくらでは特に思い出などは語らず、それでも、寒いというにはまだ早いこの時期に、あえて「夜鷹そば屋」をかけられた雲助師匠。昼の部の終わり、師匠の紡ぐ落語の世界でしか出会うことのできない、ひときわ特別な桃源郷をみせてくださった。
剛直で誇り高き武士の体面、町人の情や忠心を、それぞれの身分・立場の道義をどれひとつ否定することなく鮮やかに描き出し、かつ「あやの」という娘にまで光を当てて、噺の世界をこまやかに、しっとりとした趣をもって伝えてくださったさん喬師匠の「柳田格之進」。
そして重鎮の師匠方を立て、かろやかに、いつも通りの高座を勤められた白酒師匠、三三師匠、一之輔師匠に至るまで、珠玉の番組だった。
(インフルエンザのため市馬師匠が休演だったのは、なんとも残念なことでした。どうかお大事になさってください。そして、代演を勤めた白酒師匠、お疲れ様でございました。代演の方が力入ってる!と思ったのは、ナイショです。えへ。すき。)
最後、割れんばかりの拍手に沸く場内をしずめて、さん喬師匠がお話になったご挨拶がまた、素晴らしかった。
権太楼師匠が「落語研究会」の思い出を語られたように、国立劇場 小劇場の高座を勤めることは、噺家にとって一種のステータスであったこと。そのうえで、落語や演芸界のみならず、この舞台の上で研鑽を重ねてこられた伝統芸能の先人や担い手に対して敬愛をこめ、客席と関係者に向けて深々と感謝の意を述べられた。
舞台人にとって、"場"というものがどれだけ大切なものか──。
振興会の公表当初の計画では、施設整備に関しては事業開始から6年、2028年度末の引き渡しと書かれていたが、請負事業者も決まっていない現時点で、再開時期は未定。
もしかしたら、重鎮の師匠方(特に上から三師匠)は、新しい国立劇場の舞台には立つことがないかもしれないとの想いで、この日の高座を勤められたのかもしれない……。ファンにとっては想像するのも言うのも嫌な話。けれど、そんな師匠方の万感を想像するだに(想像なんてとてもできやしないのだけど)、この日に立ち会えた喜びと寂寥感で、胸がいっぱいになった。
わたしが国立劇場で開催される落語会に伺うようになったのは、コロナ禍に入ってからのこと。まだ短い付き合いだけれど、この日のすべての高座に出会うことができて、本当に良かった。
国立劇場が無事に営業再開し、この日拝見した師匠方の元気なお姿を、またこの板の上で観られますように。その日が早くやってくるよう、強く願います。
今月の「落語研究会」の抽選が当たれば、閉場前にもう一度伺うことができるかもしれませんが。ひとまず。
これにてグランドフィナーレ……!
この劇場で観た数々の素晴らしい高座、楽しい会に出会わせてくださった主催のオフィスエムズさん、いつも親切に迎えてくださった国立劇場のスタッフの皆さんに、改めて感謝いたします。
ありがとうございました。