花火と手…「墓詣り」#シロクマ文芸部
「墓詣り」
花火と手桶を携えて、私は白い玉砂利が敷かれた遊歩道に足を踏み入れた。ジャリッ、ジャリッと小気味良い振動が黒いパンプスの踵から脚に伝わってくる。
歩道の脇には晩夏の陽射しを浴びて、猛々しく生い茂った木々達がサラサラと音を立て自慢の葉を揺らしていた。まるで私に
「何処へ行くの?何処へ行くの?」
と囁きかけているようだ。
そんな囁きを無視して、私は永遠に伸びているような白く長い道の果てに向かって歩いた。額や首元から吹き出してくる汗を拭いもせずにひたすら目的に向かって歩き続けた。
今から私はあなたに逢いに行く。
無風だった遊歩道にふわりと一陣の風が吹いて、黒いワンピースの裾がその風にはらまれた。ぐいっと誰かが引き止めたような感覚に少しだけ足元がふらつくと
チャプーン…
手桶の中の温くなっている水が、生意気に爽やかな音を立てて揺れた。
それも風のせい?
あの日、『二人でしよう』と買った線香花火に火が点くかどうかなんてどうでも良かった。とにかく線香花火を持って私は歩いている。
あなたに逢う為に新調した喪服は、まだ化学繊維の匂いが残っていて私の身体に上手く纏わりつかない。
長く白い道の果てに何があるのだろう。
その答を出す為に歩いているはずなのに。
辿り着いた墓石の前で手を合わせ、遠い昔を思い出しながら湿気た線香花火に火を点けた。
何度も何度もライターで火を点けた。
ああ、やっぱりね…
焼けぼっくいに火は点かない
誰かが言った言葉を思い出しながら、手桶の水を墓石に掛けた。手にした線香花火を香炉に投げ込むと
「さよなら」
踵を返して来た道を私は歩き始めていた。
ドーン…ドーン…
遠くで祭りが始まる花火の音が聞こえてきた。夏が終わりを告げて秋を運んで来る。
長く白い道は、今度は天へ向かって伸びて、私の帰路を示していた。墓石に刻まれた知らない寺が付けた私の名も忘れてしまおう。
さようなら
了
小牧幸助さんの企画に参加させて頂きます。
よろしくお願いします。
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