「好き」まで5分…
スマホを繰る彼の姿を見ていないふりをしながら、そっと観察していた。
アイスコーヒーをかき混ぜながら、わざとゆっくりと飲んで時間を潰す。
「ちっ」
舌打ちしてまた消しては、初めから打ち直しているライン…
「いらついたり、焦らなくていいよ。急ぐ旅じゃないんだからさ」
私の隣に座ったミユが独り言のようにサラリと呟く。かれこれこうして、もう20分も私達二人はアイスコーヒーをストローで弄んでいる。
たった一つの言葉が、出て来ない。いや、出て来ないのは「言葉」じゃなくて、多分「文字」。
瞬時に会話は出来るし、ジョークも飛ばす。それなのに、真面目な顔をして、
「『や』って何行だっけ?」
と聞いてくる。私も負けじと真面目な顔で答える。
「ヤ行じゃなかった?」
「あ、そうか」
目の前に座っている彼は、今年の3月に脳出血で倒れたばかり。歩行に杖が必要なほどではないが、右足に補助具を付けている。右手はほんの少し曲がっているけど、目立つほどではない。よく見ると親指だけは動くようだし、スマホもなんとか持てている。いや、支えていると言った方がいいかもしれない。
でも余計なことは言わない。
アイスコーヒーの氷が殆ど溶けた頃、彼がやっと顔をあげた。
「出来た!」
おはようございます、sanngoです。
昨日、私は長いドライブの運転手を務めた。
以前、記事に書いた「千羽鶴」を送った友人を半日、相棒のミユと診ているためだ。
8月始めに退院して来た彼は、週に5日間のデイサービスに通い(リハビリも含めている)土日だけ自宅で彼女と過ごしていた。
その彼女 Sちゃんが私にSOSを求めてきたのが、先週の金曜日だったと思う。
「日曜日、どうしても外せない仕事が一日入っちゃったの。ちょっとだけでいいから彼の様子を家に見に来てくれないかな〜?」
彼とSちゃんは、私の主人が亡くなった際の受け付けも引き受けてくれた恩ある友達だ。
「うん、いいよ〜」
だから私は気軽に引き受けていた。
が、その話を隣で聞いていたミユが言い放った。
「あいつを外へ連れ出しちゃおうぜ」(お前、行く気満々じゃん 笑)
と言う訳で、半日お出掛けの運転手を引き受けることになった私(ミユの車は車高が高くて、乗り降りし辛い)
おにぎりランチを食べに行ったり、まるまるイチゴのかき氷を満喫した後に、今度は田園風景を彼に見せようとドライブをして回った(どのくらい走らされたか分からないけど、ハイブリッド車のガソリンが半分近く減った 笑)
そして、最後の喫茶店でお土産を持って帰る事を
「Sちゃんに伝えて」
ってお願いして、ラインする彼を見守っていたのが最初のシーン。
IT関連のソフト開発の仕事をしていた彼は、今も饒舌にパソコンの専門用語を話す。
「$#%£¢が、頭の中に出て来なくなっちゃってさ(泣)」
「は?」
いや、私達にとっては始めからそんなモン宇宙語だ(笑)そんな言葉、一生出て来なくても生活に何の支障もないわ(苦笑)
ところが、これだけ頭の回転が回復したのに、スマホの文字が打てないと嘆く。
言葉と文字が、すぐに結び付かなくなっちゃったと彼は言う。
ヒトの脳の不思議さを改めて感じさせられた一日だった。
『お夕飯をお土産でもらったから、買い物して来なくていいよ』
それだけの内容を打つのに30分くらい。
家へ送り届けた彼の
「また『おでんパーティー』したら来てくれる?また誘ってくれる?」
の言葉が寂しかった。
「当たり前でしょ(笑)」
それにしても「おでん」するには、まだ暑い(苦笑)
彼「俺、あん時、死んどきゃ良かったわ」
私達「人は簡単に死なせちゃもらえないんだよ」
スマホで「好き」って書くのに5分かかったって
彼が好きなカラオケ
早く歌える日が来ますように