「ショート」本を書く2#シロクマ文芸部#私のこと好き?
「本を書くわ!」
私が、そう宣言したのは高校三年生の卒業間際のことだった。
クラスメイトと教室の掃除をしていた時、ふと思い立ったのだ。ミニスカートで机に上って、腰に手を当てピースサインで私は叫んだ。
「本を書くわ!」
掃除当番のクラスメイト達は一斉に私に注目した。
超気持ちいいぃ〜!
あの当時、北島康介が金メダルを既に取っていたかどうか定かではないが私は思った。
人に注目されるって気持ちいいぃ〜!って。
でも、その後が悪かった。
「みさき、お前、国語そんなに出来ないじゃん」
野球部の活動が終わって、髪の毛がピンピン中途半端に伸びたひろしが、慣れない腰パンから赤いストライプのトランクスをはみ出しながら私を指差した。
「こ、国語の成績は関係ないでしょ」
頬が一気に熱くなるのを感じたが、幼馴染のひろしにバカにされてたまるか。
「じゃあ、どんな本書くんだよ?」
ひろしは、真髄をついてニヤリと笑った。ニキビ痕が、ようやく消えかかっているような若年性単細胞に私の夢を汚す権利はない。机の上に乗ったまま、私は再び大声で叫んだ。
「ラブロマンス!」
「はぁ〜?!」
教室中の温度が二度は下がるようなシラけた空気に包まれた。
え?え?えーーー?
ひろしはアメリカ人じゃないくせに、両手を上げて肘を直角、手首も直角に曲げて首をきっちり45度に曲げた。完ぺきなポーズなのに、だから赤いストライプのトランクスはみ出してるって!私は机から飛び降りて、ひろしに詰め寄った。
「私がラブロマンス書いちゃ悪いって言うの?」
「いや、そんな法律はないけどさ、なぁ?」
ひろしは皆に同意を求めようと視線をくるりと教室の皆に回した。
こ、こいつ、掃除当番12人のクラスメイト全員を味方に付けようとしてる?
ほうき持ってる田中さんや窓拭きしてる木村さん(毎日、窓なんて拭かなくてもいいと思うけど、それはこの際置いておこう)黒板消してた山下さん……その他諸々がこくんと頷いた。
「なんで私がラブロマンス書いちゃいけないのよ?」
あの当時、私はハーレクイン小説にハマっていた。可愛い主人公とかっこいい王子様のような男性が恋に堕ちて、数々の難問を乗り越え、最後は絶対にハッピーエンド!これだよ、これ。
「あのさ、みさき、よく聞けよ」
さっきまでおちゃらけていたひろしの目が真剣になった。
「う、うん」
「お前、恋したこと、ねぇじゃん」
「あ……」
ピーポーピーポーピーポー…
頭の中で救急車のサイレンの音が鳴り響いたようだった。
負けた?ひろしに?
嘘でしょ?
この若年性単細胞に?
悔しくて言い返していた。
「ひ、ひろしは、恋したことあるの?」
返事の代わりに私の熱くなっている頬にひろしの何かが、チュって触れた。瞬間的に顔中の細胞が沸騰した。
「えっ?」
「おぉ~~!」
湧き上がる歓声。
田中さんはほうきを投げ捨て拍手をしている。木村さん、見てないで窓拭きなさいよ、窓!山下さん、あ、あんた!黒板消してたんじゃないの?今どき、相合い傘書いてどうするの?
でも
超気持ちいいぃ~!
あれ?ひろしって、こんなに端正な顔立ちだっけ?ピンピンしてる髪型も、なんだかカッコよく見えるし、赤いストライプのトランクスもお洒落じゃない?
あれ?
あれ?
あれ?
15年の月日が経った。
あれから大学で図書館司書の資格を取った私は、現在は市立の地味な図書館に勤めている。
そして本を書いている。
ラブロマンスではない。いや、ラブロマンスかもしれない。
愛する子ども達へ贈る世界でたった一冊の本。
パパとママが出逢ったお話しをしよう。
ねぇ、ひろし…
「ママ、お夕飯まだ?」
末っ子の勇気が私のロングスカートの裾をつまんだ。もう私はミニスカートを穿いていない。
「うん、ご飯にしよう」
窓から吹いてきた風がレースのカーテンをたなびかせた。白いカーテンが写真立ての中のひろしに掛かった。こうして見るとちょっと賀来賢人に似てるかも……。
「私のこと好き?」
そう尋ねたら、貴方はまた何も答えずにきっと頬に照れくさそうなキスをしてくれるね。
了