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「夢を見る…」#シロクマ文芸部#ハモ美術館
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夢を見る消しゴム?
路地裏の文房具店の店先で、ごったに入ったセール品のカゴの中から申し訳なさそうに顔をのぞかせている小さなその子には確かにそう書いてあった。
「夢を見るクレヨンや色鉛筆なら、まだ分かるけど夢を見る消しゴムじゃ売れないわよね(笑)」
一つだけ売れ残ったらしいその消しゴムを無視して、隣にある2Bの鉛筆を買おうと手を伸ばした。
「ごめんね、私、鱧の絵を描かなくちゃならないの」
描く前に先ず「消す」ことを考える人間は少ないだろう。人は失敗したり、気に入らなかったから「消す」のじゃないだろうか。それなのに何故「夢を見る消しゴム」なのだろう?
小さな古い文房具店の店先に北風がピューピューと迷い込んで、コートから出ている手がかじかんだ。
(手袋して来れば良かったな)
2Bの鉛筆を手に取って私は店の中のレジに進んだ。いつも店番をしているお婆さんに会計をお願いしようとすると其処に見慣れない若い男性がにっこりと笑って立っていた。
「あれ?今日はお婆さんは?」
「お祖母ちゃん、風邪で寝込んじゃって僕が代わりにお店番」
「そうなんですね」
私は手にした鉛筆を木で出来た古いカウンターの上に置いた。
「あ、買ってくれるんですね。夢を見る消しゴム」
「え?」
お金を入れるキャッシュトレイの横に鉛筆と一緒に「夢を見る消しゴム」が、コロリとちゃっかり鎮座していた。
「嬉しいな〜、僕が初めて仕入れた消しゴムなんだけど、ちっとも売れなくて」
青年は嬉しそうに昔ながらの紙袋に鉛筆と消しゴムを入れてくれた。
「はぁ…」
手がかじかんでいたから一緒に握っちゃったのかしら。不用品は買わないって決めているけど、消しゴム一つくらいならいいだろう。それになによりも青年がこんなに喜んでくれているんだもん。
「ありがとうございます。今夜は雪が舞いそうですね。その消しゴムできっと良い夢が見られますよ。気をつけてお帰りくださいね」
青年は終始笑顔のままだった。
夢を見る消しゴム、夢を見る消しゴムか…
なんとなく嬉しい気持ちになって、私はその店を後にした。
✶
その頃、文房具店の奥の座敷から、店主のお祖母さんが孫の青年に声を掛けた。
「ゴホンゴホン、豊、お前また手品を使って、あの消しゴム売ったのかい?」
「お祖母ちゃん、いいだろ?売上あがってさ」
「ゴホン、ゴホン…でも、お前、あの消しゴムは…ゴホンゴホン…」
「いいんだよ」
青年の目は笑っていなかった。
✶
「あ〜、寒い寒い」
一人暮らしのアパートは底冷えがして私の帰りを待っていた。エアコンを付けてお湯を沸かした。お夕飯を食べる前に紅茶を淹れて、少しだけでも「鱧の絵」を描きたかった。
スケッチブックを開いて、スマホで「鱧」を検索する。本当はパソコンの方が画像が大きくていいんだけど、寒いから炬燵から移動するのが面倒くさかった。
「ハモ!ハモっと、どれにしようかな?」
淹れたての熱い紅茶を飲みながら、私は有名な画伯達の作品展を眺めて構想を練った。
そうしているうちに、今日会社で部長に怒鳴られたことを頭の片隅に思い出していた。
「今どき、部下を怒鳴るなんて…めっちゃ悔しかったわ(泣)」
イタズラ心が浮かんで、スケッチブックの隅に「メガネおじさん」のニックネームを持つ部長の似顔絵を描いてみた。
「うふっ、我ながらよく似てるじゃない(笑)」
あ〜、でも家にコイツの似顔絵があるなんて、考えただけでも気持ち悪っ!そうだ!!あの消しゴムで削除しちゃえ!!私は「夢を見る消しゴム」のセロファンを剥がして、ぐちゃぐちゃに「メガネおじさん」の顔を消した。
✶
その夜は「鱧の絵」は描けないままだったが、ぐっすりと眠って翌朝を迎えた。元々、期待はしていなかったが、別に良い夢も不思議な夢も悪夢も何も見ることはなかった。
「なぁ〜んだ、ほら、やっぱりね(笑)」
朝七時半、会社に行く支度をしているとスマホに社内報のメールが届いた。
『昨夜から行方不明になっていた◯◯部長が、今朝ご遺体で発見されました。詳しい事はまだ分かっていません』
「えっ」
嘘!嘘でしょ。
それから同じ部署の仲間から、続々とラインが送らてきた。
『◯◯部長の死体、顔無しだったって話よ』
『トラックに顔だけ跳ねられて、持っていかれたらしいよ』
えっ!えっ?!えーーーーっ!!
私は今、まだ夢を見ているのよね?
それとも、これは現実?
ねぇ、どっちなの?
私は試しにスケッチブックに自分の名前を書いて消してみた。
了
小牧孝助さんの企画に参加させて頂きます。
よろしくお願いします。
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ありがとう♡
結局、鱧は描けていません…