北風と…#シロクマ文芸部
【北風と…】
「北風と凪は仲が悪いのさ」
数本残った前歯から、話をする度にスースーと空気が漏れているような音がする。薄汚い老婆だ。何日前に髪を洗ったのか分からないような異臭を頭皮から放ちながら車椅子に座っている。
「凪は静かにしていたいだろ?だから北風が吹いて波を立たせてるのを嫌うんだよ」
「へぇ~、そうなんですね、菊さん、物知りだなぁ」
「北風と轍も仲が悪いのさ。ほら、轍の上に雪を舞い散らせると轍のヤツは消えちゃうだろう?だから仲が悪いんだよ」
もうこの話を何十回、何百回と聞かされた事だろう。
「北風と太陽の話は知ってるだろう?」
「はい、もちろん知ってますよ」
「あの二人は本当は仲がいいんだよ」
「どうしてですか?」
「北風が冬に雲を吹き飛ばしてくれないと太陽は顔を出せないだろう?北風だって遊び相手の太陽を出すために必死に雲を吹き飛ばしたんだよ」
「ゲームをしたんですから遊び相手同士だったんですね」
「人間だって同じさ」
「はい?」
「私のような婆ぁが居なけりゃ、おたくら、商売上がったりなんだろう?」
「まぁ、それはそうですけど…」
「でもさ、覚えておきなよ」
「はい?」
「凪も轍も北風に消されちゃうんだよ」
「そこまでのお話は先程伺いましたけど」
「私ら老人を皆殺しにしたら、この施設は倒産してあんたら、職を失うんだよ」
何故、分かったのだろう?数日前から、私が此処の入居者全員に殺意を抱いていることを…
「先生、あんた狂った目をしてるね」
スースーとまた老婆の口元から笑い声ではない音が漏れた。
ガタンッ
私は立ち上がり、机の後ろに用意していたガソリンをカウンセリングルームの床じゅうに撒き散らした。
「いい加減にしろよ!クソ婆ぁ!!」
百円ライターでカチャッと火を付けると一気に炎は燃え上がった。
窓を開けて北風を取り込んでやる。
「婆ぁ、お前の好きな北風だ…」
その言葉が老婆に届いたかどうかは分からない。看護師と介護士の
「きゃー!!」
と言う悲鳴だけが私の耳に聞こえてきた。私の白衣に燃え移った火はメラメラと私の身体を焦がしていく。
俺は北風と仲がいいんだよ。いや、仲が悪かったのか。
了
小牧幸助さんの企画に参加させて頂きます。
よろしくお願いします。
なんとか期限に間に合った。
お夕飯のお買い物行って来ます。
じゃぬーん♪