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風の色は…【掌編小説】#シロクマ文芸部



「風の色は、何色ーー?」

通学路にあたる堤防の道で、両手を広げ川に向かって叫んでいたのは、クラスメイトの細谷加奈だった。

キ、キキ、キー

僕は先日から油を差した方がいいなと思っている自転車に急ブレーキを掛けて、加奈に負けない大声を上げた。
「風に色なんて、あるかよ」
「夢がない奴だな〜、大越潤!」
「この場面でフルネームで呼ぶかな〜?そっちはロマンがないな〜、細谷加奈!」

堤防の坂一面が、芝と雑草の新緑で染まっている。名もない小さな白い花が、ところどころに点々とアクセントのように彩りを添えていた。いきなり、

「私、風の色を見て来る!!」
加奈は、そう叫ぶと制服のスカートを翻して、堤防の坂を川に向かってダイブした。

と、翔んだ?!

一瞬、鳥になった加奈はそのままドテッと坂の途中で着地に失敗した。
「お、おい!お前!バカかよ?」
グルグル、ゴロゴロ、グルグル、ゴロゴロ…
緑色の草煙を上げながら、濃紺のスカートの加奈がミノムシのように転がり落ちていく。
僕はその場に自転車を投げ捨てて、ミノムシの後を追って駆け出した。坂の下には先日の大雨で水かさを増した川がうねりを上げて流れている。
ま、間に合わないか?!
そう思った瞬間、濃紺と緑色のミノムシの動きがピタリと止まった。駆け寄って抱きおこしながら、
「大丈夫かよ?」
加奈の髪に付いた草を払うと彼女は
「見えなかった…」
擦りむいた膝を撫でながら、ベソをかいた。
「お前さ、無茶するな〜」
「翔べたと思ったんだけどな」

細谷加奈は、そんな奴だった。
ある時は昼休みの屋上で柵をよじ登り、映画「タイタニック」のお決まりのポーズを決めると
「風の色は、何色ーー?」
僕が売店で最後の一つだった焼きそばパンを頬張ろうとした瞬間に叫んだ。
「お、お前、頼む、今度は翔ぶなよ!」
「私、見て来る!!」

や、止めてくれ!此処は5階建ての校舎の屋上だぞ!

僕は焼きそばパンを放りあげて、加奈の足にしがみついた。秋の空は何処までも高く蒼く澄んで白い雲が浮かんでいた。



「パパァ〜、かじぇのいろは、なにいろ?」
二歳になった娘の風花が僕の膝の上で、あどけない瞳で聞いてきた。
「ママに聞きにいこうか?」
「うん」
自転車の後ろに風花を乗せて僕は、あの懐かしい堤防の道を走った。


今度こそ見えてるか?加奈?
風の色が…


「パパ、ママはお空が風の色だって」
背中にしがみついた小さな細い指の温もりが、堪らなく愛おしく感じた。

「風の色は何色ーー?」
風に乗って加奈の声が聞こえてきた気がした。








小牧幸助さんの企画に参加させて頂きます。
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