「保護犬だった僕と植物人間になったパパ」第1話#創作大賞2024
ママ…
ボク、そろそろダメみたい。
ママ、約束守れなくて、ごめんね。
パパ…
もう一度、逢いたかったよ。
大好きなボクのパパ…
第1話「出逢い」
ボクがパパに出逢ったのは、ボクがまだ1歳半の頃だった。それまでボクは設計事務所と花屋さんを営む裕福なお家の2階でなんの不自由もなく暮らしていたんだ。老犬のパグ夫妻には可愛がられていたし、パパとママにはハイブランドのお洋服を着せられて、ハイブランドのご飯やオヤツを食べさせてもらっていたしね。
それがある日、設計技師のパパと花屋さんのママが、深夜に大きな荷物を持って何処かへ行ってしまった。ボク達を置いてけぼりにして。
ボクは最初、いつもの旅行へでも出掛けたのかと思っていた。
「お金持ちのドウラク」
ってヤツかな?って。
そのうち、ママの花屋さんのジュウギョウインが来てボク達に美味しいご飯をくれるだろうって、たかを括って何の心配もしていなかったんだ。
ところが何日経っても、誰もボク達にご飯をくれには来なかった。パグ夫妻は長い間の贅沢暮らしのせいか、チビのボクよりも「野生」と言うものを持ち合わせていなかった。
だからボク達はすぐに路頭に迷った。先ず飲み水が底を付いた。ドッグフードの袋を食いちぎって穴を開けて食べていたけど、それもそろそろカラカラと失くなりそうな音を立てている。それから家中の灯りが消えた。人間は「電気」って物に頼って生きている。3月といっても夜は暗い上に寒かった。パグ夫妻とボクはバスルームに残った水滴を舐めながら、三人で丸まって寝ていた。
そのうち、家の外がやたらとうるさくなった。
「金返せ!」
「隠れてるんだろ、このヤロー」
ボクが生まれて初めて聞く乱暴な声だった。そしてボクは、パパとママは「夜逃げ」ってのをしたらしいって気付いた。じゃあ、外で騒いでるのは「取り立て屋」って言う連中?
お金…
花屋さんのママと設計技師のパパはお金持ちじゃなかったの?
返せと言われてもボク達が持ってるのは、後少しのドッグフードと首輪とお洋服だけだよ?
それよりもボク達だけ、どうして此処に置いていかれちゃったんだろう?
何日が過ぎたのか分からない。もう袋の中のドッグフードも無くなった。パグ夫妻とボクはカーペットの上に身体を寄せ合って丸まって、じっとしているしかなかった。動くとお腹がいっそう空くし、何よりも飲み水が無かった。バスルームの床に残った水滴をペロペロ舐めて、かろうじて今まで生きて来たけど、もう何処にもボク達の手が届くところにお水らしきものはない。
だんだんと頭がぼーっとしてきた。ボク達は、このまま此処で死んじゃうのかな……
そんなある夜、暗闇にガチャガチャと鍵が開く音がして、誰かが家へ入って来た。
「取り立て屋?」
そう思って怖かったけど、ボク達にはもう吠えて牽制する力も残っていなかった。ただ更に小さく身を寄せ合う事しか出来なかったんだ。
懐中電灯を持ったその人はボク達を照らすと聞き覚えのある声で言った。
「早く!!サラ金が来ないうちに逃げるよ!」
声の主は、花屋さんのバイトのミカちゃんだった。いつもボク達のお散歩係をしていたお姉さんだ。一息付く間もなく、ミカちゃんは急いでボク達にリードを付けるとそのまま階段をバタバターッと駆け下りて、自分の車にボク達を押し込んだ。結構、乱暴な人だったんだな。
あっと言う間の早業だった。
助けてくれたんだよね?
でも何処へ連れて行かれるんだろう?
安堵と猜疑心と不安が混じり合って、身体の震えが止まらなかった。
暫く走るとミカちゃんの車は、住宅街の一軒の家の駐車場に停まった。
玄関を開けてミカちゃんが叫んでいる。
「お母さん、お母さん、この子達連れて来たから暫く家に置いてよね」
お母さんと呼ばれたまぁるい顔の優しそうなおばさんが奥から出て来て、ボク達を代わる代わるに抱き締めた。
「怖かったね、寒かったね、よく来たね」
なんだか泣いているように見える。ミカちゃんのお母さんが何故、ボク達を抱いて泣いているんだろう?
「全く酷い飼い主だわっ!自分達ばっかり夜逃げして!この子達を置いてっちゃって!」
ミカちゃんは頭から湯気を出しそうに怒っている。
良い人だけど感情の起伏が激しいんだよね。
まぁるい顔のおばさんは
「ゆっくりゆっくり飲むんだよ」
ってボク達の前にお水が入った器を出してくれた。ハイブランドの食器じゃなかったけど、あの時のお水は本当に美味しかったな。
ゴクゴク……
若いボクはあっという間に飲んじゃった。
花屋さんのママと設計技師のパパは仕事に失敗して、やっぱり「夜逃げ」をしたんだ。もうボク達の所へは帰って来ないんだ……
捨てられちゃったんだ、ボク達。
ボクの考えは、この時確信に変わった。
パグ夫妻は、人間の歳で言うと80歳過ぎのお爺さんとお婆さんなんだって。だから、ミカちゃんが貯金をはたいて動物病院へ入院する事になったんだ。
ボクは一人ぼっちになった。
ボクは人間って生きものが信じられなくなった。ボクもショックで、あれ以来ご飯が食べられなくなっちゃった。それにミカちゃんのお家で出してくれるのは普通のドッグフードだしね。舌の超えたセレブなボクは少し苦手だったんだ。
ミカちゃんのお母さんが、ある日
「良いこと思いついたぁ〜!」
って、嬉しそうに興奮して何処かへ電話を掛け始めた。
あ、言い忘れたけど、ミカちゃんの家にはハナちゃんて、とっても怖いお姉さんの先住犬が居たんだ。いつもちっちゃな身体で
「ウー、ウー」
ってボクを威嚇してくるの。チワワってメキシコの闘犬なんだって。ちっちゃなくせに牙を剥いて鼻にシワを寄せて凄く怖いんだよ。だからハナちゃんとボクを一緒には飼えないって、ミカちゃんのお母さんが謝るんだ。
ボクだって、あんなに怖いお姉さんと暮らすのは嫌だよ。ずっとドキドキしていなくちゃならないもん。
あ、電話の話だったよね。
ミカちゃんのお母さんは、どうやらもう一人の自分の娘さんにボクを飼わせようと思いついたみたい。
「いい?人間修行だと思って、この子をちゃんと飼うんだよ!」
お母さんは、ほぼ命令口調で自分の案に大満足して一方的に電話を切った。
ミカちゃんもミカちゃんのお母さんも、良い人だけど感情的なんだよね。それに思いついたら直ぐに行動に移すんだ。ボクは、その日のうちにミカちゃんにミカちゃんのお姉さんのお家に連れて行かれたの。
ボクって、どこまでも薄幸の美少年って感じでしょ?
ミカちゃんのお姉さんは呑気な感じの人で、ミカちゃんとは違うタイプだったから、ちょっとだけ安心したよ。
「お姉ちゃん、ごめん。血統書までは持って逃げられなかった。でも、この子正真正銘の血統書付きのパピヨンだから」
「そんな事、どうでもいいよ」
お姉さんは笑っていたよ。
それから、ボクは今度はミカちゃんに置いて行かれたんだ。「たらい回し」って、こういう事を言うんでしょ?
ボクはミカちゃんを追って、お姉さんのお家のドアを爪でボリボリ掻きながら「くぅーくぅー」って泣いたよ。ううん、泣いたつもりだったけど、声は出ていなかったみたい。もう泣きつかれた上に声が出ない程痩せこけてたんだ。ミカちゃんのお姉さんが後ろから「ヨシヨシ」って抱いてくれたけど、人間は信用出来なかった。
夕方になると大きな男の人が、
「ただいま〜」
って、その身体に負けないくらいの大きな声で家の中へ入って来た。ボクを見るなり、その人は
「なんだ、このチビ(笑)耳がヒラヒラしてて可愛いな~、今日から家の子になるか?」
ぶっ太い腕でボクをいきなり抱き上げたんだ。
「さんちゃん、チビ助にいっぱい食わせてやれよ。痩せてるから」
その大きな男の人に抱かれながら、何故かボクは思ったんだ。新しい人間のパパとママをほんの少しだけ信用してもいいかなって。
ボクの名前はゴン。パパはダーちゃんって言うんだよ。さんちゃん?さんちゃんはママだけど、お家の中の位はボクよりも下かな?(笑)だって、あの人弱虫でそそっかしいんだもん。
ボクはそれから長い間、もう何処へも行かなくてよくなった。これから始まるパパとボクの長いお話しを聞いてくれるかな?
つづく
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