ヘロヘロなのに、気付いたら1,000字も言葉を綴っていた。
今日は、久しぶりの出張があったり、ものすごく耳を使ったりして疲れ果ててしまったので、いつもの2,000字近いnote更新はおやすみ。
ためになるお話からたくさん勉強できてとても充実した一日だったんだけど、「集中して聴く」に吸い取られるエネルギー量もそれに比例して消費してしまったみたいだ。
学生時代は90分講義を5コマ連続、そしてほぼ全ての講義を補聴器と文字通訳で受けていたというのに。今日は、4コマ分くらいの時間だったけど、びっくりするくらい疲れている。
ただひたすら講演を見て聴き続けるというのは、慣れもあるよなぁと思う。お仕事柄、自分が話をしたり相手と対話をしたりすることの多い仕事をしているから、ただひたすらに(しかも専門用語のオンパレードを)聴き続けるのは本当に久しぶりだった。
学生時代以上に専門用語が増えたし、「自分ごと」にとらえて頭をフル回転させるようになったからかもしれない。いくら専門用語が出てきても、頭の中ですぐに言葉に変換できるものは入ってきやすいけれど、見慣れない言葉は聴いてもなかなか言葉にならない。
たとえば、このプラットフォームを共有している友達と「ノートノマイニチコウシン」というひとことをきいたとしよう。そのとき「ノート」の指すものが「の音」なのか「note」なのかは、お互いがこのプラットフォームを知っていてその話題をしていれば、「note」と変換しやすい。
でもSNSをやらない友人との会話の中で、「今日はちょっと体調が悪いんだよね」なんていう体調の話のあと、急に「ノートノマイニチコウシン」なんて言葉が発せられても、おそらく瞬時には「note」とは脳内変換されない。
とりあえず今日はこんな感じで、講演の内容がとても専門的で、その間に雑談が混じっているような講演で、脳内処理に耳と頭をフル回転させた。
文字通訳や配布資料もあったのだけれども、声と文字ではだいぶタイムラグが生じるから、結局聴き取れなかったところを文字で補う形になって、「聴く」ことからは逃れられない。
あと、大学のときは多くても一日三分野くらいの知識量で対応できたけれど、今日は4コマとも別な分野の専門家から話をしてもらう貴重な一日で、しかも「聴き」なれていないから本当に疲れてしまった。
そんなことで、心地よい疲労感を超えて今日はnoteなんて書けない!おやすみしよう!と思ったことをちょっと呟くつもりが、気付いたらもう1,000字も言葉を綴っている。
習慣って、すごいんだな。
でも、今日は本当に疲れていて早く寝たいなぁと思うので、まとまりがないけどここまでにします。また今度、「聴く」ときにどんなエネルギーを使っているのか、ちゃんと整理してnoteに書こうと思ってます。
ひとまずきょうは、おやすみなさい!
見に来てくださりありがとうございます。サポート、とっても心の励みになります。みなさまからのサポートで、わたしの「ときめき」を探してまたnoteにつらつらと書いていきます。