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相棒の家出事件

わたしの耳である補聴器が
家出をした。

この日は、とにかく風が強かった。補聴器を通したわたしの耳には「ゴー」っていう雑音しか入らなくて、正直うるさい。母の口は読めるし、補聴器を外していてもなんとなく音が入ってくる。もういいや。そう思って補聴器を外したんだ。

気付いたのは、お昼ご飯のとき。
流石に店員さんの声が聞き取れなくて困るからと、付けることにした。だというのに。

ない。

いつも入れているはずのポーチにも。コートのポケットにも。念のためバックもひっくり返してみたけど、ない。

。。。

失くした。
30万円。。。

もう、観光どころじゃなくなって。お昼を食べながら、母は羽田空港と神戸空港に電話。わたしはおろおろとしながらお昼ご飯を食べる。結局空港にはまだ届いておらず、届き次第また連絡を入れてもらうことにした。

味もよくわかんないまま、午前中来た道を辿る。
ない。
小雨が降ってくる。
補聴器は、濡れたら使い物にならない。
これはもう、絶望的だ。。。
ヘトヘトになって三宮駅に戻る。
最後に頼るのはここしかない。藁にもすがる気持ちで向かったのは、ポートライナー三宮駅。

「あのぉ。補聴器の落とし物ありませんでしたか?赤いんです。。。」

すると、駅員さんたちの顔色が変わる。

「ちょっと待ってくださいね」

そう言われて待つこと、たぶん2分くらい。わたしには、2時間くらいに感じだけど。

「これ、ですかねぇ。。」

。。。

「え。うそ。あ、はい。これです!」
って言いながら、もう視界はぐっちゃぐちゃ。

補聴器は、神戸空港駅のロータリーに落ちていたとのこと。思い返せば、あそこでコートのポケットに入れたんだった(実際は、わたしの手からこぼれ落ちていたんだけど)

念のため耳に入れてみると、すっぽり入る。そりゃ、ね。オーダーメイドですからね。電源を入れると、音も入る。

奇跡だ。

普段はあって当たり前。音の世界とわたしを繋いでくれる大事なものだけれども、うるさい。わたしは、静かな世界の方が好きなんだ。補聴器なんて、なくたって。。。なんていう心の声が届いていたのだろうか。それなら本当に申し訳ない。パナマで水没しても復活してくれた補聴器さん。わたしがいくらぞんざいに扱っても、めげずに音を届けてくれる補聴器さん。これからは、もうちょっと、歩み寄るよ。わたし。

駅員さんに何度もお礼を言って駅舎の外に出ると、風はもう止んでいた。

「観光の続き、しようか」

観光のうち3時間くらいが無駄になってしまったというのに、母は何事もなかったかのように歩き出す。わたしのしょげ具合から、どれだけ反省しているかは分かってくれたようだ。(この後散々ネタにされ続けているけれども)

「そうね。ハーバーランドまで行って、夜景でも見ようか」

歩くたびに、靴の音が聞こえるような気がする。街ゆく人々の喋っている音が聞こえてくる。

ふだんはちょっとうるさいなぁと感じるそんな雑音さえ愛おしく感じながら、母を追いかけ、改札を通り抜けた。


【追記】
補聴器は、片方でも約50万。補助とかいろんな関係でわたしが実際に払ったのは30万だったので、ここでは30万。でも、高い。





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🌻さんまり🌻
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