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4000羽のコンドルが飛んでいく
今、俺が活動しているmanulというバンドでは「二週間チャレンジ」なる企画をやっている。
文字通り、各メンバーが持ち回りで提案した曲を二週間かけて練習し、次のスタジオ練習の際「せーの」で合わせて演奏を収録してしまおうというもの。
ただ、実際には二週間みっちり練習するなんてことはほとんどない。manulの本来の活動はオリジナル曲ベースだし、二週間チャレンジの趣旨は「短期間でちょこっと練習して適当に合わせたらどうなるか」を公開する「脱力系」のコンテンツであることだ。だから、コードや曲構成だけ押さえておいて楽器の練習は前日のみとか、下手すれば当日その場の思いつきでフレーズを考えていくなんてこともしばしば。
そもそも、プロでもない限り二週間みっちりなんて練習していられない。
まあ、それはともかくとして。
その二週間チャレンジの曲を提案するターンが回ってくるので何を出そうかなあと考えていた。その中で、バンドでカバーしたらどうなるのだろうという興味が湧き、「コンドルは飛んでいく」なんかどうだろうと思っている次第。
知名度の高い曲ながら、この曲を話題にするとき、相手によって持ち出し方を考えなければならないのが面倒だ。
日本人で「コンドルは飛んでいく」を知っている人は以下の2系統に分かれるだろう。
1) サイモン&ガーファンクルの「コンドルは飛んでいく」を聞いたことがある
2) 南米の民族楽器ケーナを用いたフォルクローレの代表曲として知っている
以前ならケーナという楽器もそこまでメジャーじゃなかったので「サイモン&ガーファンクルの…」と言ったほうが相手にもピンと来るようだったのだけど、最近だとそもそもサイモン&ガーファンクルを知らないというケースが少なくない。(何せ、今の若い人はビートルズさえ知らなかったりするのだ)
逆に、一時期やたらと現地のミュージシャンが駅前などの路上でフォルクローレを演奏していて、それでケーナや南米音楽のイメージを持っている人も目にするようになった。
そんなわけで、最近は相手がある程度年配の方でもない限り、わざわざサイモン&ガーファンクルの名に触れることはない。
ただ、ボーカリストを前面に押し出すバンドとしてはインスト曲の選択はあり得ない。そうすると、当然サイモン&ガーファンクルの楽曲がまず候補に上がってくる。
実は、ポール・サイモンのつけた歌詞がそんなに好きじゃなかった。
I’d rather be a sparrow than a snail
Yes, I would
If I could
I surely would
I’d rather be a hammer than a nail
Yes, I would
If I only could
I surely would
Away, I’d rather sail away
Like a swan that’s here and gone
A man gets tied up to the ground
He gives the world its saddest sound
Its saddest sound
I’d rather be a forest than a street
Yes, I would
If I could
I surely would
I’d rather feel the earth beneath my feet
Yes, I would
If I only could
I surely would
まず、一読すればわかるのだが…
どこにもコンドル(cóndor)が出て来ない!
代わりに登場するのはカタツムリだとか雀だとか、釘だとかハンマーだとか。しかも大空を羽ばたくのではなく、白鳥のように水の上を進んで遠くへ行きたいと。
フォルクローレに触れたことのある人間からすると、コンドルというのは南米においてインカ帝国の皇帝を象徴する存在でもあり、とかく雄大な力強さを感じさせる特別な鳥の印象が強い。なのに、重厚さを感じさせないアレンジに卑近な存在を折り込むばかりの単純な歌詞。
言うなれば、「曲のイメージが台無し!」という感想を抱いてしまうわけだ。
実際、スペイン語での歌詞はコンドルをインカの皇帝になぞらえて、帝国の滅亡を哀惜するようなものが多い。
それで、俺はポール・サイモンが「本来の歌詞」を無視して勝手に独自の歌詞をつけたのだろうと大きな勘違いをしていた。
ところが、この曲に歌詞をつけたのはどうやらポール・サイモンであったらしい。(※補記あり、後述 2023.08.18)
もともと「コンドルは飛んでいく(El Cóndor Pasa)」はサルスエラ(zarzuela)と呼ばれる南米の歌劇の作品名で、劇中に用いられたオーケストラ曲がロス・インカスというグループの手によるアレンジを経てフォルクローレの楽曲に生まれ変わったもの。実際にはほかにも編曲を試みたアーティストがいたのかもしれないが、少なくともフォルクローレ曲としてのスタンダードを作り上げたのはロス・インカスだと言える。
もともとは器楽曲で、歌詞など存在しない。また、作られたのが1913年ということから、当然インカ帝国の時代から受け継がれているような伝統曲とも言えない。もちろん、作曲家のダニエル・アロミーア・ロブレスという人は南米の民族音楽にインスピレーションを得てこの曲を書いてはいるのだけど。
それはさておき、1965年に行われたロス・インカスのパリ公演でこの曲を聞いたポール・サイモンがいたく感銘を受け、「コンドルは飛んでいく」を自分たちの楽曲のレパートリーに加えたいと申し出た次第。で、サイモン&ガーファンクルの同曲のバックトラックにはロス・インカスの演奏が使われている。
ところで、この話にはちょっと間抜けなエピソードがあって、ポール・サイモンから楽曲使用の相談を受けたロス・インカス側は「ああ、これは18世紀から受け継がれるペルーの伝統曲だから好きに使って大丈夫だよ!」といった具合に(こんなノリだったかどうかは知らんが)誤った情報を伝えてしまう。上述した通り、実際には1913年に書かれたオーケストラ曲で、アメリカでは1933年に著作権が申請されている。
そこで、1970年にサイモン&ガーファンクルがこの曲を発表すると、当然著作権侵害の問題が生じることに。サイモン&ガーファンクルは作曲者ダニエル・アロミーア・ロブレスの息子、アルマンド・ロブレス・ゴドイに訴訟を起こされてしまう。
ただ、幸いなことにアルマンド・ロブレス・ゴドイはサイモン&ガーファンクル側が誤情報に基づく「善意の著作権侵害者」であることを理解していて、この訴訟は単なる権利の所在を確認する以上の意味合いを持つことはなかった。それどころか、後に彼自身がポール・サイモンの歌詞をもとにスペイン語の歌詞を書くことまで行っている。
実際、ポール・サイモンが歌詞をつける以前にスペイン語の歌詞が存在していたのかどうかはわからない。少なくとも言えることは、ポール・サイモンの歌詞は作曲者の息子にスペイン語版の詞を書かせようと思わせるほどに歌曲「コンドルは飛んでいく」のスタンダードとして認知され、評価されていたということだ。
※補記 2023.08.18
調べてみると、作曲者ダニエル・アロミーア・ロブレス自身によって書かれたスペイン語詞は存在したらしい。(ポール・サイモンがそれを知っていたかどうかはわからないし、少なくともロス・インカスのアレンジに合わせた歌詞ではなかっただろう)
息子のアルマンド・ロブレス・ゴドイは父親の書いた詞を今ひとつだなあと思っていて、ポール・サイモンの歌詞を下敷きに新たなスペイン語詞を書いたらしい。
もっとも、ゴドイ版スペイン語詞での歌唱は検索してもなかなか発見されないのだが……
さて、その歌詞についてなのだが…
本家の歌劇「コンドルは飛んでいく」のプロットを見てみると、実はインカ帝国とは何の関係もない。ものすご〜くかいつまんで言うと、「鉱山経営者に酷使される労働者たちが色々あって経営者を殺してしまい、『この後俺達はどうなるんだ…?』なんて不安に駆られていたところにコンドルが立ち現れ、『俺達は自由なんだ!俺達は皆コンドルなんだ!』と盛り上がって終わる」というものらしい。
もちろん、「鉱山経営者と労働者との対立」というテーマの背景にはヨーロッパからの入植者による先住民族の支配が下敷きとして存在し、インカ帝国の滅亡は彼らの苦難の始まりであり象徴であるとしてしばしばモチーフにされるものだ。
けれども、アメリカ人であり南米の歴史や先住民族との関わりを持たないポール・サイモンがそうしたテーマをそのまま歌うのでは、それは皮相的な文化の盗用にしか感じられなかっただろうし、下手をすれば「収奪する側による文化の盗用」は現地の人々に対する侮辱とさえ捉えられたかもしれない。
「換骨奪胎」と言えば聞こえは悪いのだけど、ポール・サイモンは南米先住民族の文化や歴史に対する十分な敬意を持つがゆえにコンドルという鳥が持つ象徴性を捨象し、楽曲の持つ優れた音楽性と「束縛からの自由」という普遍的なテーマに、あえて卑近な語を入れ込んでいったのではないか。
そう考えると、ポール・サイモンの歌詞はいかにもフォークシンガーらしい詩的な味わいに満ちているように感じられる。
さて、この「コンドルは飛んでいく」という曲は不思議な魅力を持つ曲だ。フォルクローレグループは言わずもがな、古今東西あらゆるジャンルのミュージシャンがこの曲のカバーアレンジを試みている。そのバリエーションは実に4,000種類、歌詞だけでも300種類以上が存在すると推計されているもよう。
そこで、この曲をバンドの二週間チャレンジで提案するに際して問題になるのが、「どのバージョンをカバーするのか」ということだ。
もちろん、歌詞付きという前提なら王道はやっぱりサイモン&ガーファンクルの曲になるだろう。ただ、演奏がど直球のフォルクローレなので、バンドでやるとしたら今ひとつしっくり来ない気もする。
そんなわけで、他の選択肢を探してみようとYouTube上を漁ってみると、まあ色々あるわあるわ。
どれを候補として推すかはもう少し考えるとして、あまりにもその多様さが面白いので、ちょっとnote上で「コンドル特集」を組んでみることにしたい。
フォルクローレファンの人も、そうじゃない人も、ぜひ「コンドルの沼」に嵌ってみて欲しい。