見出し画像

#31 天気読み/小沢健二

 91年春、AMラジオ局を離れたあと、とある道を志し、お金をためて学校へ行こうと工事現場や電気工事のアルバイトをしていた。6か月ほどたった頃、知人から誘いを受け、印刷会社の出版を扱う部署で、就職情報誌の企画営業として働くことになった。

 ときは91年10月。ちょうどその頃、フリッパーズ・ギターが解散した。心の中にポッカリと穴が空いたが、新しい毎日に忙殺され、いつの間にか音楽自体から距離をとるようになっていた。私の人生の中で、真っ当な就業規則のもとで働いていた唯一の時期である。当時はまだ完全週休二日制の会社は少なく、この会社も土曜日は半日勤務だった。いわば4週6休。年末に故郷へ帰り、両親と紅白を見たのはこの翌年92年が最初で最後。休日のある生活もこの時期が最初で最後。けれども、この時期のヒット曲はあまり思い入れがない。

 93年になると、小山田、小沢がともに音楽活動を開始する旨の情報が、「rockin’ on JAPAN」を中心にすっぱ抜かれてゆく。夏前になると、雑誌の広告で久々に小沢健二を拝んだ。デニムにアリス・クーパーのTシャツ、赤いテレキャスを下げ、細目でコチラを睨んでいる。ソロデビューシングルは「天気読み」というらしい。会社が西7丁目にあり、昼休みに電車通4丁目の玉光堂に行って、CDを買うこともしばしばあった。Mr.Childrenの7曲入り1stアルバムもこの時期に出会っているし、ピチカートもオリジナル・ラブもロッテンハッツもこの会社の頃だ。

 発売日に4丁目の玉光堂に赴き、短冊CDを買う。最初はよくわからなかった。まず、最初に、歌う小沢が新鮮だった。歌う小沢にまず慣れようとする。歌う小沢にだんだん慣れてくると、歌う小沢の決意や真摯さに気づくようになる。何かをはぐらかすようなフリッパーズの態度から、少し大人になってフィジカルが強化された歌う小沢がそこにはいた。

 でも、やはりどこかはぐらかされている気もしていた。日本語でしっかり歌う小沢。なにしろ歌詞が素晴らしすぎた。君のいっつも切りすぎの前髪と、僕のいっつも荒れすぎの唇。新しいフレーズが君に届いたらいいし、鮮やかなフレーズを誰か叫んでいたりする。いい。すごくいい。

 この頃の曲には頻繁に“神様”が登場する。歌う小沢に完全に支配される93年の夏。「天気読み」単体では朧気だったが、C/Wの「暗闇から手を伸ばせ」を聞いて、しっくりきた。これは2曲でセットだ。すべてが変わるのだ。物語の始まりには良い季節なのだ。言葉とかモノを越えて脈を打つビートを信じるように。あー、いい。すごくいい。歌う小沢はすごくいい。

 ファーストアルバム【犬キャラ】でもこの並びで収録された2曲は一つの章である。秋には日比谷野音でのライブビデオ【ファースト・ワルツ】が出た。久々に動く小沢、歌う小沢。会場外で漏れてくる音を聞きながら騒いでいるオリーブ少女たちがいとおしい。もうDVD化はないのかな。ベースにはルースターズ、ブルートニック、オリラブの井上富雄、キーボードはサウス・トゥ・サウスの中西康晴、そしてドラム。今は亡きスカパラの青木達之。ほぼ祭儀と祈りのような最高のライブ映像である。

 会社の同僚に一つ年上の仲良し女子社員がいて、この曲を聞かせた。彼女は、“君のいっつも切りすぎの前髪ってトコがカワイイわね”と言った。「天気読み」の本質を端的に言い当てていると思った。

★番組情報:レコードアワー
放送時間:毎週月曜 8:00~9:00
再放送情報は三角山放送局HPのタイムテーブルをご確認ください

いいなと思ったら応援しよう!