学会参加報告:産業衛生学会 全国協議会2023(山梨)その2
学会報告その2は自由集会1「動機づけ面接ワークショップ」です。その1はこちらをご覧ください。
▼動機づけ面接ワークショップ 〜 関わる・引き出す(行動変容を支援する面接研究会 自由集会)
トレーナー:後藤英之
ファシリテーター:石黒仁、磯村毅、瀬在泉、濱田佳代子、村田千里、吉田美幸
動機づけ面接(Motivational Interviewing。略称MI)のワークショップ参加は2015年に札幌で行われた第25回日本ブリーフサイコセラピー学会以来。札幌学院大学の北田雅子先生が担当でした。以来、北田先生の本などで学ばせていただいてきましたが、最近は産業保健関係で動機づけ面接ワークショップを見かけることが増えたので、チャンスがあればまた参加してみたいと思っていたのです。
今回のテーマは、「関わる・引き出す」。ゴールは以下の2つでした。
○ワークショップは朝ドラ視聴から始まった
ワークショップはNHKの朝ドラ、「ブギウギ」の視聴から始まりました。大和先輩とスズ子のやり方を観察して違いを見つけてみよう、というものです。こういう導入は楽しくていいですね。
産業保健の現場では、時に本人の意にそぐわない面談場面が設定されることがあります。実りある結果を出すにはまず良好な関係構築が不可欠ですが、面談に対して本人が反抗的な態度を取ったりすることがあります。そのような状況をMIでは「不協和(Discord)」と呼びますが、今回は「聞き返し」を上手に使って関係を再構築していく方法を学びました。
○単純な聞き返しと複雑な聞き返し
MIの聞き返しには単純な聞き返しと複雑な聞き返しがあります。たとえば、「酒の飲み過ぎはわかっているんだけど、居酒屋の前を通るとやっぱり入っちゃうんだよね」という語りに対し、
・単純な聞き返し:言葉の明確化(繰り返しや言いかえ)
「飲み過ぎとはわかっていらっしゃる…」
「居酒屋の前を通ると、やっぱり…」
・複雑な聞き返し:意味や感情の明確化(意訳)
「居酒屋、鬼門ですよねえ…」
といった感じです。言葉に出す時のポイントは語尾を下げること。
このような説明を受け、早速3人グループ(話し手、聞き手1、聞き手2)でエクササイズを行いました。話し手は「自分は向上心がある」などと自分の長所や好きなところを抽象的な一言で述べます。それに対し聞き手は話し手が言ったことを明確化できるように、「それは○○ということですか?」と質問します。話し手はそれに対し「はい」か「いいえ」だけで答えます。聞き手1、聞き手2は交互に質問していくのです。
これがなかなか難しい!でも楽しい。「はい」と答えられてしまうと次の聞き手がなかなか質問しにくいのです。「いいえ」と答えられた方が、ならばこういうことかな?と質問を考えやすい。私が実践しているオープンダイアローグやナラティブセラピーでは、相手のことがわからないからこそ質問していくわけですが、これは「いいえ」と答えられた時の感覚と似ていると気づきました。前半のまとめは、「関係構築の基本スキルは聞き返し。ポイントは語尾を下げる」でした。
○不協和への対応
後半は不協和への対応を学びました。聞き手があえて不協和を起こすような発言をして、話し手が不協和発言を行い、それを受けて聞き手が不協和対応を行うというエクササイズを行いました。たとえば、
話し手「酒をやめるかどうか、迷っているんだよね」
聞き手「そんな気なんかないんでしょ?」
話し手「何だよ、こっちの気も知らずに!」
聞き手「すいません、本気で考えていらっしゃったのですね」
みたいな感じです。あえて良くない面接をやってみる感じですね。これも盛り上がりました。
そして最後のエクササイズ。個人的にはこれが大ヒット!
5、6人一組になり、1人が野球のバッター役、残りがピッチャー役。ピッチャー役は相談者。カウンセラー役のバッターに、不協和発言を投げつけます。バッター役はその発言を受け止め、共感的に応答する練習です。千本ノックの逆バージョンですね。たとえば、
「忙しいんだから呼び出さないでよ!」
「私の考えでやってますから余計なこと言わないでください!」
「首にできるならしてみろ!」
「何でいつもそんなきついこと言うんですか?」
「はいはいごもっともごもっとも。先生は正しいですよ」
みたいな、カウンセラーを怒らせるような発言をピッチャー役が投げつけ、バッター役はそれに何とか応答したら、次の人がまた不協和を投げつけるということを順番に行うわけです。
たとえば1番目の人が「忙しいんだから呼び出さないでよ!」とボールを投げてきたら、「お忙しいところ本当に申し訳ないです。3分だけお時間いただけますか?」みたいに応じます。すかさず2番目の人が「私の考えでやってますから余計なこと言わないでください!」とボールを投げてきたら、「あ、すでにご自分のやり方でやっていらっしゃるのですね。失礼しました」みたいに応じる。3番目以降も順繰りにボールを投げていきます。
これも難しいけれど、楽しいですね。ただ、みなさんがワークショップの雰囲気にまだ慣れないうちにこれをやると、ケンカになるかもしれません。プログラムの流れがうまくできていて、雰囲気もよければできるように思います。
ということで、とても楽しい2時間でした。同じグループでエクササイズをしたみなさま、そしてワークショップを担当された先生方、ありがとうございました。
○私にとっての動機づけ面接
MIは「動機づけ面接法 — 基礎・実践編」(星和書店)の翻訳が出版された2007年頃から日本で知られるようになったかと思います。私自身はこの名前を知る前からそれらしいことを実践していました。1984年から思春期臨床に関わり、親に連れて来られる子どもたちとどう良好な治療関係を構築するか勉強しましたし、1994年にアルコール臨床に移っても、家族に引っ張って来られる依存症当事者をどうガイドしたら治療に積極的になってもらえるか、腐心しました。特に1990年代に解決志向アプローチなどのブリーフセラピーを学ぶ中で、行動変容のステージモデルのアイデアを知って、臨床がとても楽になったことを覚えています。
治療を拒否するように見える人でも、来院した以上は「その人なりの動機がある」のです。それをいかに引き出すか。日々の臨床の半分はそういったことに神経を費やしていました。初診時に「酒なんかやめない!」と悪態をついていた人が、帰りに受付で、「よろしくお願いします」と頭を下げていく光景を何度も見ているスタッフは、「また米沢マジックが出ましたね」などと言っていました。とんでもない!私の方は患者さんがへそを曲げて帰らないように必死にやっていただけ。「マジックなんかないよ。丁寧に話を聞いているだけ」と話すものの、丁寧に話を聞くとはどういうことなのか、当時はうまく説明できませんでした。
そこを分解、整理して、初心者でもわかりやすいように説明してくれているのが動機づけ面接なのです。それを気づかせてくれたのが北田先生のワークショップでした。私は昔から面接のやり取りをほぼ逐語的に記録し、後で振り返るのですが、自分がやっていることを分解して説明する言葉をもらえた感じがしたのです。「解像度が上がる」、つまり技術がくっきりと見えてくる感じでしょうか。そのわかりやすさから、カウンセリングでロジャーズの次に勉強するならMI、と人に勧めています。私はMIのトレーナーではありませんが、柔軟なMIスピリットが大好きです。産業領域に関わる方々にMIがもっともっと広がるといいなと願っています。
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