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トラウマ・インフォームドケアとは何か その2

 トラウマ・インフォームドケアとは何か その1を書いてから随分と時間が経ってしまいました。当初は続編として産業領域におけるトラウマ・インフォームドケアの必要性を書くつもりだったのですが、その前にもう少しトラウマインフォームドケアについて書き足します。今回も「Trauma Lens – こころのケガに配慮するケア」サイト掲載の資料を使わせていただきます。

▼Fight - Flight - Freeze反応(闘争・逃走・凍結反応)

 我々は外界から生命の脅威を感知すると、大脳辺縁系、視床下部を介して自律神経系、内分泌系、免疫系にさまざまな変化が起こります。特に自律神経系(交感神経・副交感神経)は素早く反応し、また我々はそれを検知できます。外界からの脅威に対しては交感神経が興奮状態になり、心拍数、血圧が上昇し、骨格筋血流が増加するなど、身を守るための戦闘状態になります。これがFight - Flight反応(闘争・逃走反応)です。
 たとえばハイキングで熊に遭遇したとしましょう。もしも遠くに熊の姿が見えたら、慌てて逃げるでしょう(逃走反応)。しかし足元に熊が飛び出してきたら、熊を蹴飛ばすかもしれません。もしも襲いかかってきたら、「やめろ!」と怒鳴りながら何とか振り払おうと闘うのではないでしょうか(闘争反応)。
 熊の攻撃が続くとやがてこちらは力尽き、抵抗できなくなって、身体をじっと固めてこの災難が過ぎ去るのを待つことしかできなくなるでしょう。これがFreeze反応(凍結反応)です。副交感神経が優位になって身体活動をあたかも「シャットダウン」するように急ブレーキをかけるわけです。これら3つは我々生き物に備わった自然な防衛反応です。
 
<3F反応>

https://traumalens.jp/g/pdfより

▼これらの反応を「トラウマのレンズ」で見てみる

 これらの反応は、難が過ぎ去ればそのうち正常に戻ります。しかしそのストレスが非常に大きいとPTSDになり得ますし、そこまで大きくなくてもトラウマ体験として生活に支障を来すこともあります。また一つひとつのストレスはそれほど大きくなくても長期間にわたり繰り返し起これば心身にさまざまな不調が起こります。基本的には交感神経の興奮状態に伴う症状が続くのですが、疲弊してくればFreeze反応が起きますので、心身の不調の「乱高下」が続くことになります。
 私がトラウマの問題に気づいた1990年代は同業の医師たちから、「何でもトラウマのせいにするな」と批判されることが少なくありませんでした。もちろん、何でもトラウマのせいにするつもりはないのですが、私が「この症状はトラウマが関係しているのではないか?」、つまりトラウマのレンズで見るのはどういう時でしょうか。トラウマ・インフォームドケアとは何か その1でご紹介したPTSDの主要症状を見逃すことはさすがにないと思いますが、PTSD以外で私がトラウマとの関係を疑う状況の一つは、症状が長期化している場合や同じような症状が繰り返し現れる場合です。長期化の期間は一概には言えないのですが、3〜6ヶ月以上と考えています。トラウマが関係していなければ大体3ヶ月以内くらいで治せると思っており、それ以上時間がかかっている場合はトラウマを疑います。うつ病リワークを利用する方は数ヶ月以上休職している場合がほとんどですから、長期化させている原因はトラウマが関与しているのではないかと疑います。やはり私が専門とする依存症も当てはまる人が多いです。
 もう一つは状況に対して起きている症状が強すぎるなと感じたり,逆に弱すぎると感じる場合です。弱すぎる場合はfreeze反応を疑うわけです。
 さらに症状の語り口と身体反応の乖離を感じた場合にもトラウマを疑います。大したことはありませんと語っているのに、声や唇、体が震えていたり汗をかいていたり、体を落ち着きなく動かしたりするような時は、恐怖を無意識に抑え込もうとしているのではないかと考えてみます。

▼トラウマケアの3段階

 ではトラウマの関与を疑った場合にどのようにアプローチしたらいいのでしょうか。
 トラウマケアは図に示すように3段階で考えることができます。
 
<トラウマケアの3段階>

https://traumalens.jp/g/pdfより

 一番上はトラウマに特化するケアです。トラウマ・インフォームドケアとは何か その1でご紹介した金剛出版のセミナー、トラウマフォーカスト認知行動療法がそうですし、EMDR (Eye Movement Desensitization and Reprocessing) やTFT (Thought Field Therapy)、そして私が専門とするFAP (Free form Anxiety Program) などの特殊治療もこれに当たります。
 真ん中はトラウマ体験があるとわかっている人が不調に陥った時に、安心安全な環境を用意したり、その症状を軽減する対処法を指導したりする場合です。
 そして一番下がすべての人が対象となるトラウマ・インフォームドケアで、「トラウマのレンズ」で症状や問題行動を理解し、生活への影響について知識を持って関わることです。いま私が産業保健に関わるすべての方に知っていただきたいと思っている部分です。
 
 「トラウマ・インフォームドケアとは何か その3」でいよいよ産業領域におけるトラウマ・インフォームドケアの必要性について考えます。

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