日本EAP協会で講演:「産業保健とEAP」
2023年10月6日、日本EAP協会主催の「EAPプロフェッショナルの会online」で、「産業保健とEAP」の講演を行いました。
EAP (employee assistance program:従業員援助プログラム)は、1940年代アメリカで職場のアルコール問題へ介入することから始まり、1970年代に発展しましたが、産業保健活動の文脈から見た場合のEAPの立ち位置、役割分担、連携などはどうなるのだろうか、というのが主催者のリクエストでした。
そんな大きなテーマを話すのか!?というのが私の率直な思いでしたし、日本EAP協会には亀田高志先生というレジェンドがいらっしゃるのに、何で私が!?という思いもあったのですが、前から何かお手伝いできればと思っておりましたので、お引き受けした次第です。
以下のような話題を提供しました。
1.日本の労働衛生・健康政策の歴史
チラシにも載せましたように、日本の産業保健の歴史を話す際は、欧米先進国に1世紀以上遅れ、「富国強兵・殖産興業」のスローガンの元、明治政府の強力な指導で産業保健が始まった、と話し始めることにしています(江戸時代末期には釜石の製鉄所で医師が職工を診察していたようですが)。産業革命の先陣を切ったのはイギリスですが、もっと前から鉛中毒などの職業病が知られていましたし、ギリシャ・ローマ時代には下水道が整備され、衛生面の問題がすでに考えられていたことはご存じの通りです。さらにさかのぼればエジプトのピラミッド建設には何千人、何万人もの労働者が駆り出されました。当然、事故も起きたはずです。その対策が考えられていなかったはずがありません。そう考えてみると、産業保健の萌芽は数千年前までさかのぼれるのではないか、といった話から始めました。それから我が国の安全・衛生・健康政策を振り返り、図のような流れで考えられると思う、と話しました。
そして今後、念頭に置くべきキーワードは、
・全ての人にディーセント・ワーク(1999、ILO)
働きがいのある人間らしい仕事
・誰一人取り残さない( 2015、国連)
「人」は組織の根幹をなす「経営資源」
持続可能な開発目標(SDGs)において17のゴールを設定
・ワーク・ライフ・バランス(2007、内閣府)
・ダイバーシティ&インクルージョン
女性活躍、高齢者、LGBTQ+、国籍、価値観など
両立支援(不妊治療、がん治療など)
障害者の合理的配慮
・ワーク・エンゲイジメント
・職場の心理的安全性
・健康経営
ポジティブヘルス
あたりになるのではないかと思う、とお伝えしました。
2.「安全」の考え方
次に「安全」の考え方について、9月に私自身が職場で起こした軽微な事故(一応、労災。申請はしませんでしたが)を元に、ハザードとリスク、リスクアセスメントの話をしました。その際にお見せしたのが次の図です。
これは米国CDCのhierarchy of controlsを辻洋志先生たちが和訳・加筆して紹介してくださったものです(資料1)。
たとえば動物園でトラを飼う場合を考えます。トラを野放しにしたら人がケガをします。ではトラは危ないからやめよう、という対策が「ハザードをなくす」です。トラは危ないからネコにしたらどうか。これが「代替」です。でもそれではトラを見たいお客さんは満足しません。檻に入れて管理するというのが現実的です(工学的管理)。飼育員が檻に入る時には安全な手順が定められています。これが管理的対策です。檻に入る際は防護服を着る、というのが「保護具」です。さまざまな安全衛生対策、そして健康対策も、このヒエラルキーを元に考えられる、ということを紹介しました。
たとえば長時間労働者、高ストレス者の対策を考える際に、ストレス対処法やリラックス法などの指導するのは「保護具」にあたるでしょう。効果としては弱いです。上司を指導するというのは「管理的対策」と言えますが、ヒエラルキーの下の方です。最も効果が高い「ハザードをなくす」方法は、仕事を増やすな!ですね。そのためには会社が客の言いなりになって仕事を取ってくるな、ということになるかもしれません。
ハザードがなくせない場合、楽な部署に移るというのが「代替」ということになるでしょうか。「工学的対策」は、強いて言えば、作業を機械化するとかAIの活用、と言えなくもありません。
この対策のヒエラルキーは辻洋志先生たちがコロナの対策への応用として紹介したものですが、いろいろな分野の問題解決に応用できるのではないかと考え、紹介した次第です。
3.EAPはアルコール問題から始まった
EAPはアルコール問題から始まりましたので、職場のアルコール問題の話をしないわけにはいきません。今回は、すでにnoteでご紹介した不知火塾の講演をダイジェストで話しました。内容はそちらをご覧ください。
4.合理的配慮を考える
最後に、これからEAPへの相談が増えると考えられる、職場の合理的配慮について取り上げました。
2016年、障害者差別解消法によって障害者への合理的配慮が職場に義務づけられました。障害者手帳を持っている方に限定されず、幅広い障害を対象としています。
合理的配慮については、私自身、まだまだ勉強中で整理できていないのですが、今回は新型コロナウイルス感染症の後遺症を例に挙げ、職場復帰にあたりどのような配慮ができるのか考えました。合理的配慮についてはいずれまた取り上げたいと思います。
資料
1) https://www.jstage.jst.go.jp/article/josh/15/1/15_JOSH-2021-0012-GI/_pdf/-char/ja