5月病:リスガードの適応曲線から考える(JES通信【vol.181】2024.5.9.ドクター米沢のミニコラムより)
▼五月病、六月病とは
五月病という言葉はみなさんご存知と思います。最初に使ったのは誰なのかよくわからないのですが、昭和40年代(1960年代後半)にはマスコミ等で使われ始めていたようです。
五月病の元々の意味は、熾烈な受験戦争を勝ち抜いた優秀な学生が、大学に入ると目標を喪失し、ゴールデンウィーク明けあたりから一時的に無気力な状態になることを指していました。その後、新入社員の不適応に対しても使われるようになりました。ただ新入社員の場合は目標喪失というよりも、厳しいサラリーマン生活に入って不適応を起こしている状態なので、メカニズムが異なります。最近ではこの不適応が5月から少し遅れ6月にも見られるようになったため、六月病と呼ばれることもあります。会社という新しい環境への一時的な不適応状態であり、精神医学的には「適応障害」と診断されることが多いのですが、適切に対処しないとうつ病などに進行する可能性もあります。
▼リスガードのU字曲線(適応曲線)
五月病、六月病のメカニズムは、海外移住者の異文化適応の研究から生まれた「リスガードのU字曲線」で考えるとわかりやすいように思います。
人は期待を胸に新しい環境に入ると最初は活動的になります(ハネムーン期)。しかし新しいこと、慣れないことを体験し、今までとは勝手が違って戸惑ったり失敗したりして、だんだん自信をなくします(危機期、カルチャーショック期)。その後少しずつ慣れていって自信を取り戻し(回復期)、いずれは新しい環境に適応し落ち着くのです(適応期)。このプロセスを表1にまとめました。
期間についてはおおよその目安ですが、5月から6月が危機期に当たるわけです。もちろん個人差がありますし、環境変化が小さかった人は早く適応できると思います。U字曲線仮説には異論もあるようですが、このプロセスは私の臨床経験からは納得できるものです。新入社員だけでなく転職や転勤、異動など職場環境が大きく変わった社員にも起こる可能性がありますし、産休・育休明けの社員や長期療養から復職した社員も似たような経験をします。要は、人は新しい環境に慣れるのに半年くらいかかると認識しておけばいいのではないでしょうか。
▼5月、6月はメンタルが不安定
もう一つ考えておきたいのは、5月から6月は1年の中で最もメンタルが不安定になる時期だということです。木の芽時という言葉がありますが、3月くらいからメンタル不調者が徐々に増え始め、5月から6月にかけメンタルクリニックの受診者はピークを迎え、夏にいったん減り、10月くらいにまた増え、冬に少なくなるという季節性があるのです。理由はわかっていませんが、経済で夏枯れ冬枯れという言葉があるように人間の活動自体に季節性があるのかもしれません。そして日本の場合は梅雨で鬱陶しいことも体調不良に拍車をかけるでしょう。
▼五月病、六月病の対処
五月病、六月病は新しい環境に適応していく試行錯誤のプロセスで生じる一時的な不適応状態であり、軽重の差はあれ誰にでも起き得るものです。地元から出てきて都会生活や満員電車になじめない場合もありますが、原因の多くは仕事ですので、わからないことや迷うことは遠慮なく先輩や上司に聞くよう指示してください。ただ、職場の人にはなかなか弱音が吐けないこともあります。「弱い」「使えない」と思われそうで言えないのです。家族や友人、同級生、大学の恩師など、率直な気持ちを打ち明けられる人などにも相談してみるよう勧めてください。同級生と話してみると、俺もそうだとか私も同じこと言われた!など、似たような経験をしていて、ホッとしたりします。
自信がありそうに見える同期入社の同僚も、話してみると案外同じように悩んでいたりします。話しやすそうな先輩や上司、メンターへの相談も促しつつ、社内の健康管理室や我々のようなEAPが利用できることも伝えてください。
また、こうした変化への適応の時期には、食事を含め規則正しい生活が大事です。ゲームや動画視聴に時間を使いすぎて睡眠不足にならないよう助言します。仕事がわからないからと言って家に持ち帰ってしまうと、私生活とのオンオフがつかなくなるので注意してください。休日は友人と会うなどして気分転換を図るのがいいのですが、土日に遊びすぎると週明けに疲労を残すことになるので、ほどほどにするよう伝えてください。
不眠や体調不良、気分の落ち込みなどが2、3週間以上続く時はメンタルクリニックの利用も検討してください。
▼周囲は何に気をつければいいか
まず大事なのは、新入社員だけでなく転職者、異動者、転勤者など、職場環境が大きく変わった人は、調子を崩す可能性があることを全社員が認識しておくことです。新人研修が長い企業の場合、配属後の数ケ月も要注意です。
上司や研修担当者は彼らの不調を見逃さず、声かけを怠らないようにします。新しいことをしているのだから、うまくいかないのは当たり前。業務がわからず戸惑っていることが多いはずですから、「どこがわからない?」と尋ね、具体的に指導してください。「自分で考えろ」と言われて困ったという話をよく聞くのですが、間違った対応で周囲やお客様に迷惑をかけたら困ります。「迷ったら聞け」という言葉かけが大事ではないでしょうか。
また、業務との適性は合っているでしょうか。業務が合わないのであれば、方向転換も含めた対策が必要になりますが、本人が目標を高く設定し過ぎて苦しんでいる場合もあります。困難に感じていることをよく話し合ってみてください。
そして健康管理室やキャリア相談室などの社内の相談システムや、我々EAPの存在を伝えてください。入社時に保健師さんが全員に面談したり、EAPカウンセラーがお会いしておくと、相談のハードルが下がります。
五月病・六月病は基本的に一時的なものです。不安定な時期ではありますが、新しいチャレンジの時期でもありますので、期待を込めて接していきましょう。