学会参加報告:ナッジ(日本健康教育学会)
ナッジは提唱者のリチャード・セイラーが2017年にノーベル経済学賞を受賞したこともあってか、近年、医学系の学会でもよく取り上げられるようになってきました。私自身、ナッジを最初に知ったとき、自分がやってきたこととかなり近いなと感じたのでずっと注目していました。今回、ナッジのエバンジェリストとして活躍している竹林正樹先生の講演を日本健康教育学会で聴くことができましたので報告します。
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■学会名:第31回日本健康教育学会学術大会
■日 時:2023年7月22、23日
■会 場:全国町村会館
■テーマ:エビデンスと実践のギャップに挑む
http://web.apollon.nta.co.jp/nkkg2023/index.html
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●ナッジとは
ナッジ(nudge)とは、「肘で軽くつつく」「そっと後押しする」といった意味で使われる行動経済学の用語で、「選択の自由を確保しつつ、強制力や金銭的インセンティブを使わずに行動を促す手法」などと説明されています。日本では禁煙指導、食生活改善、運動の推奨、保健指導など、健康教育や予防医学の分野で活用され始めました。
●竹林先生のご紹介
竹林先生の講演は学会2日目、Meet the Expert 3「健康教育・ヘルスプロモーションにおけるナッジの活用」として行われました。
講演では「ダメなチラシ」をどう直せば読んでもらえるチラシになるか、という演習を行ったのですが、何とYouTubeで竹林先生が解説されていますので、ぜひご覧ください。
●いいナッジをデザインする「EAST」
伝統的な経済学は、人は合理的な判断をするものとして理論が組み立てられていますが、行動経済学では、人間は日常的な意思決定は直感的に行い、そこには認知バイアス(系統的な認知の歪み)が影響すると考えます。人々を望ましい行動に導くために、阻害要因バイアスは抑制し、促進要因バイアスは味方につけ、「選択の自由を確保しつつ、強制力や金銭的インセンティブを使わずに行動を促す手法」がナッジなわけです。
ナッジという言葉ができる前から、人々は当たり前のようにナッジ的アプローチを行ってきているのですが、ナッジを効果的にデザインしていく方法として、EASTというフレームワークがあります。
EASTとは、
Easy 簡単で
Attractive 魅力的で
Social 規範に訴え
Timely タイムリー
の頭文字です。Eはナッジの阻害要因を軽減し、ASTは促進要因となります。確かにこの4つを意識するとうまくいきそうです。今後この4つを意識しながら健康教育にアプローチしていきたいと思います。
●The power is in the patient.
私は精神科医としてキャリアを積んできましたが、私の職業人としての軸は「サイコセラピスト」という仕事であり、その骨格となっているのは人間性心理学、中でも交流分析がその柱になっています。交流分析の哲学の中で私が好きな言葉に、「The power is in the patient.」というものがあります。パワーは患者/相談者が持っている。それをどう引き出すかがセラピストの役割だということです。その実践の場が思春期臨床から始まり、アルコール臨床を経て、産業保健の分野にたどり着きました。具体的なアプローチの方法としては解決志向アプローチやナラティブセラピー、最近ではオープンダイアローグを活用していますし、1994年からアルコール臨床に携わっていましたので、日本に「動機づけ面接」が紹介される前からそういったアプローチを行っていました。断酒して数年経ったアルコール依存症の患者さんから、「このクリニックでは誰も『酒をやめろ』と言わないね。なんか騙されたような気がするなあ」と笑って言われたことは、私にとって心の勲章になっています。人は正しく認識すれば、妥当な行動を取ることができると私は信じており、どのようにアプローチすれば「気づき」が生まれるのかを常に考えながら人と関わってきました。
●「私にもできる」というメッセージを送る
2017年に産業保健に仕事の軸足を移してから情報発信する機会が増えました。特にコロナ禍にあってはリスクコミュニケーションがいかに重要かと認識するに至り、こちらのnoteでもいくつか紹介しています。
その中で私が特に重要だと考えているのは、
1.受け手が受け取れるメッセージを送る
2.メッセージは「私にもできる」と思えるもの(自己効力感)
という2点です。
メッセージを受け取った人が行動に移す上で最も重要なポイントは、自分にもできると思えることです。「それならできる」という自己効力感を感じられれば新しい行動を起こすでしょう。「そんなことはできない」と思わせてしまったらコミュニケーションとして失敗です。先ほどのEASTでいえば「Easy」が当たるのかもしれませんが、ナッジに「自己効力感」という概念が入っているのかどうか、いつか竹林先生に伺ってみたいと思っています。
私は、すべての人が、安全で、衛生的で、健康で、生き生きと、幸せな生活を送りたいと願っていると考えています。それを産業保健や健康経営の分野で少しでも実現していきたい。どのようにやり方を変えれば「より簡単に」できるようになるのか。自分がこの40年何をやってきたのかと考えてみると、「より簡単にできるアイデア」をずっと研究・提案しようとしてきたことに気づきました。これからもそういったアイデアの研究を続け、関係者を「後押し」(ナッジ)したいと思います。
竹林先生、健康教育学会を教えてくださった順天堂大学の福田洋先生、そして日本健康教育学会のみなさまに感謝申し上げます。