不知火塾で「職場のアルコール問題」の講演を行いました
アルコール問題関連のnoteが続いて恐縮です。今回は「不知火塾」で行った講演をご紹介します。
不知火塾は医療法人社団新光会不知火クリニックが主催、一般社団法人日本うつ病センターおよび当社が協賛する、産業精神保健講座です。詳しくは案内をご覧ください。
講演時間は質疑応答も含め90分と伺っていたので、前の週に東京のさんぽセンターで行った産業医向けの講演のダイジェスト版という感じで資料を用意しました。会場とオンラインのハイブリッド開催でした。講演の内容は以下の通りです。
▼講演の内容
1.職場のアルコール問題
2.アルコールの身体・精神への影響
3.アルコール依存症とは
4.産業現場でのアルコール指導の実際
5.困った状況にどう対処するか
なんと、不知火塾の参加者、「はちこ@看護師」さんがnoteに講義のまとめを作ってくださっていました!私が作るよりもよほどまとまっている。全体の様子はぜひこちらをご覧ください。
前週の産業医研修会とは異なり、医師以外にも保健師、看護師、心理師、精神保健福祉士、さらに人事労務担当者も参加していますので、より一般的な内容に絞りました。ただ前週で取り上げたシナリオ・ロールプレイが好評だったので、今回のnoteではシナリオを公開します。
▼健康診断の事後指導で行う減酒指導
今回のシナリオは第92回日本産業衛生学会(2019年、名古屋)で、「健康診断の事後指導等で行う簡易な節酒指導法の提案」(資料1)として発表したものです。2011年から慈友クリニックで減酒指導を行ってきましたが、産業保健の現場ではもっと簡易な方法でないと実施できないと考え、内容を絞りに絞り、以下のようにまとめた次第です。
<図1>
減酒指導にはいろいろなアプローチがありますが、時間が短く、いろいろな資料も用意しにくい嘱託の産業医面談の場では、「目標は1日2合。多い日でも3合まででやってみて。可能なら日々の飲酒量を記録して、次回教えてください」という簡単な指示で、ある程度の減酒が可能、というものです。
「目標2合」を先に提示し、調整していくのが米沢のやり方です。実は「健康日本21」では、「1日当たり純アルコールで男性40g以上、女性20g以上摂取で生活習慣病のリスクが高まる」としており、男性では40g(約2合)以下、女性では20g(約1合)以下の飲酒が推奨されているのですが、特に酒好きの女性に「1日1合以下」と指示したら、十中八九「できない!」と言われます。できないことを目標に据えれば、失敗は火を見るよりも明らかなので、「男女ともに2合」を目標に設定しています。ただし目標を示した上で、「できそうな目標設定」に柔軟に調整することはもちろんです。
▼減酒指導はどのように行うか - 実際のシナリオを読んでみよう
では面接の実際をお見せします。
事例は40代の男性会社員です。数年前から肝障害、高脂血症、高尿酸血症で投薬を受けていました。主治医や産業医から飲酒量を減らすように言われてきましたが実現できず。今年の健康診断でも「要治療」の判定となったため、保健師さんが産業医面談を設定しました。
<解説1>
初対面であり、しかも健康診断の事後指導ですから、厳しいことを言われるのではないか?と不安な気持ちで来所される方がほとんどです。まずは、怖い場所じゃないんだと思っていただくために丁寧な対応を心がけますが、ここでは特に、「イエスセット」というテクニックを使っています。「はい」と答えられる質問を3つ続けるとラポールがつきやすいのです。ゴシックで強調した部分です。とりあえずスムーズに話が始まったので、面談の目的を確認しました。
<解説2>
健診結果はこちらも見ているので問題点は把握しています。しかしそれはこちらから見た問題(=医療者の主訴)であり、本人が問題と感じていること、困っていることはまた違うかも知れないので、こちらから問題設定はせず、「気になることは?」と尋ねています。本人から肝臓とか脂肪と話が出ましたので、一緒に結果を見ながら問題を共有していきました。服薬(通院)していることもわかりました。
「薬を飲んでる」「薬が効かない」といった言葉は、人によっては医療不信・攻撃と受け取れるかもしれません。アルコール問題を抱えた方は、自分の問題点を否定したり軽視する言動をすることがよくあります。それがこういった言動として現れることもあるのです。また、数値が改善しない要因は複数存在する可能性がありますので、まだ十分な情報がないこの時点ではスルーするか、「どうでしょうねえ」と受け流すことが得策です。
<解説3>
主治医と意見が食い違わないように注意するため、主治医がどんな指導をしているかを把握するのはとても重要です。産業医からも「酒を減らせ」と注意されていたことがわかりました。前医と同じ轍は踏まないように気をつけ、「お酒はけっこう飲まれるんですね」と表現を変えて返しました。
<解説4>
お酒の話になったので、ここで初めて飲酒量を尋ねています。多量飲酒者は飲み方を聞かれるだけでも神経質になっていることが多いので、まずは頻度を尋ねるのが無難でしょう。次に「飲み方」を尋ねます。最初に飲むのは○○で、次に△△で、と話してもらえれば一日の飲酒量が推測できます。
「ほぼ毎日」に対する応答は注意を要します。世の中では「ほぼ毎日 = 多い!」という反応が多いので、「多いですね」と返すと本人の抵抗感が強くなる可能性があります。そこで「家の外・内どちらが多いか」という質問に切り替えています。
妻はあまり飲まないというのは減酒・断酒治療には重要な情報です。一緒にたくさん飲んでいる場合、治療が難しくなることがあるからです。
<解説5>
数年来、飲酒量を減らせと言われている割には多くないなと感じたので、一番飲んでいた頃の量を聞いています。それくらいは飲めるということでもありますし、それに近い量を飲んでいるかもしれない、という情報にもなります。
飲み仲間・飲み友達がいないというのも減酒・断酒治療にはいい条件になるかもしれません。
そして減酒を試したことがあるか(減酒にどういう印象を持っているか)を尋ねています。意志が弱いという自虐的な言葉が出てきましたが、意志や気持ちの問題とはせず、「なかなか難しかった」と行動(方法)の問題に置き換えています。
<解説6>
「個人差がある」と強調するのは、「自分は違うかもしれない」という逃げ道を用意するためです。従業員を追い詰めるのが面接の目的ではありませんし、実際に個人差があるのは確かなので、断定は禁物です。
<解説7>
2合かあ、と渋った返事でしたので、3合まででも許容範囲ですよと数字を出しましたが、それでも逡巡しています。自信のなさかもしれませんし、減酒への抵抗感かもしれません。これ以上、量にこだわると説得になってしまうので、ここで方向を変え、「記録をつける」という別な目標を提案したところ、本人が乗ってきました。
今は飲酒量を記録できるアプリがいろいろ出ていますのでスマホで検索してみてください。
【1ヶ月後、2回目の面接】
<解説8>
冒頭、「その後いかがお過ごしですか」と聞いているのは、もしも減酒がうまくいっていないとすると、「ダメです」「できません」といった否定的な会話からスタートすることになるのを避けるためです。こちらは減酒指導をしているつもりですが、本人は前回の面談を別の意味でとらえている場合もありますし、うまくいっていないから話しにくいな、と思っている場合もあると思います。そういったことを想定し、話題を限定しない問いかけ(オープン・クエスチョン)にしたわけです。
意外に多く飲んでいた、と聞き、やっぱりそうか!おかしいと思った、というのが私の正直な気持ちです。でもそれは言いません。さらに週1回休肝日と聞き、たった1日!?と思ったのも正直なところです。
でも今までたくさん飲んでいた人が、少しでも減らす方向に歩みを始めたのです!どんな小さな変化でも見逃さず、いい方向への変化を後押ししていくことが大事です。
飲まない日は辛くないかと聞いているのは、我慢の減酒かどうかの確認です。我慢の減酒なら、方法の修正が必要かもしれないからです。
【その後の経過】
初回から3ヶ月後、3回目の面接では、「休肝日を続けています。最近はゆっくりと飲むようになった気がします。女房といろいろ話しながら食事してます。記録も続けています」と語られました。ゆっくり飲むようになったということで飲酒量が減っているだろうと推測できます。初回から9ヶ月後の4回目の面接では、「内科の検査で数字がよくなったので、薬が減りました。記録はもういいかなと思って」と語られました。2、3ヶ月減酒を続けると大体の飲み方がわかって記録をやめる方が多いようです。そして初回から1年後、5回目の面接では、「週4、5回ジョギングをしています。検査の数字がよくなったので薬はもう飲まなくなりました。何か生活全般に張りが出てきた気がします。健診はオールAでした。女房から若返ったと言われます」と報告を受け、面談を終了しました。
この事例は放置すれば数年後にはアルコール依存症になっていた可能性が高いと思われます。そうなったら断酒しか選択肢がありませんし、治療のは大きな労力が必要となったでしょう。
▼減酒指導の成果
今まで100人以上の減酒指導を行ってきましたが、減酒に成功した方からは以下のようなことが語られます。
1、2は予想できることですが、3、4は想定外でビックリしました。減酒の試みは、単に飲酒量が減るだけでなく、生活自体がよりよい方向に変わり、大げさでなく、人生が変わるのです!わずか数回の面接でそんなことができるなら、素晴らしいことではないでしょうか。
▼“正したい反射”に常に気をつける
たとえば自分の名前を間違えて呼ばれたら、「いいえ、私は○○です」と直しますよね。人は誰でも、相手が間違ったことを言ったり行ったりすると、その考えや行動を正したいという気持ちが起きます。これを動機づけ面接法(資料2)では、「正したい反射(righting reflex)」と呼んでいます。医療関係者が患者さんや従業員と病気や健康についてやり取りする際は、医療者の方が知識が豊富ですから、「それは違いますよ!」と言いたくなってしまいます。
▼相手に「できない!」と思わせたら失敗
しかしどんなに正しいことを伝えても、それを相手が「できない!」と思ってしまったら、相手は行動に移してくれません。私たちが患者さんや従業員に関わる際に大切なのは、最終的には「正しいこと」が伝わらなければならないけれど、正しいことが実行できるようにメッセージの内容や伝え方を工夫し、「相手が実行できる(自己効力感を得られる)」ように後押しすることではないでしょうか。私は「半歩後ろをついて歩いて行く」感じを大切にしています。あちらの方が安全だな、という方向性は私たち医療者には見えますが、どのようにたどればそこに到達するのかは、その人が何を見ていて、足元がどうなっていて、どんな足取りで歩こうとしているのかを把握しないと、難しいのではないかと思います。
事例を見ていただければわかるように、私が丁寧に話を聴いていくのは、「この人の『心の窓』はどこにあるだろうか?」と探すためです。ドアを蹴破ったり窓を割って家に入れたとしても、その時は言うことを聞くかもしれませんが、去ってしまえばこちらの言ったことなど忘れているでしょう。
私は対人援助職の仕事を続ける中で、相談者と“協働”して成果を上げるにはどうすればいいのかをずっと考え続けています。
<資料>
1)米沢宏:健康診断の事後指導等で行う簡易な節酒指導法の提案.産業衛生学雑誌 61(臨時増刊号):567, 2019.
2)北田雅子他:医療スタッフのための動機づけ面接法 - 逆引きMI学習帳(医歯薬出版)