水星
夢を見た。
奥の部屋でひとり、布団に横になっていた。
カーテンの隙間から、時々おもてを走っている車のライトが入ってくる。
近付いては遠のいてゆく、エンジンの音が聴こえる。
今が何時なのかよくわからない。
外が暗いから夜だろうけれど、まだそんなには遅くない時間帯で、夕方に近い夜だという感じがする。
青く透き通った空気が、部屋の中を漂っている。
眠りの途中で目が覚めたのか、それとも単に目を閉じていただけで眠っていたわけではなかったのか。
いずれにせよ私はまだ起きたくなくて、もうしばらくこうしていよう、そう思っていた。
するとふすまがすーっと開いて、誰かが部屋に入ってきた。寝ている私の布団をめくって、後ろからするりと入ってくる。細い腕が、お腹の辺りにゆるく巻きつく。私はそれを平然と受け止める。ここに来るのは楓くらいだから。
振り向いたら、やはり楓の顔がすぐ近くにあり、暗闇の中で目と目が合って、ふたりでくすくす笑う。
ここ寒くない?と聞かれたので、寒くないよと返す。それに少しくらい寒いのは結構好きだよとも。さっきもシーツのはしに足を滑らせながら、ひんやりしていて気持ちいいとそう思っていた。
布団の中でキスしたら子供ができるとおもっていたけれど、なんか違うみたいだね。
楓は子供がほしいの?
もちろん。だってうちらの子なんて、ぜったい可愛いじゃん。
途中で、カーテン越しに車のライトとは違う、別の光が入ってくる。
いや、もともと目にしていたものも、別に車のライトではなかったのかもしれない、私が気付かなかっただけで。なんだか自信が持てなかった。
それは青い光で、いっしゅん部屋が打ち上げ花火みたいにぱあっと明るくなり、また消えてゆく。
薄目越しに、なんどもなんどもそれを見送る。
それから、どこか遠くから滲むように、サイレンみたいな音もする。
ねえ、きこえる? あの青い光も、さっきから何なんだろうね。
楓にそう声をかけてみたけれど返事がなかった。見てみたら、いつの間にか隣で眠っている。すうすう、小さな寝息を立てて。私もこのまま寝てしまおうか。
そう思っていると、不意に楓が「水星」と呟いた。寝言にしては妙にはっきりした声だったのでびっくりした。水星?
そして楓の目のはしから、涙がひとすじ流れ落ちる。涙は丸まり光の粒になって、床をころころ転がり、カーテンのすそを通って見えなくなった。
あちらがわには「外」がある。
部屋がまた青い光に包まれる。楓の閉じたまぶたのゆるやかなカーブや、その先のまつげのふち取りが青白く浮かびあがり、静かに闇に溶けてゆく。波や呼吸のように、一定のリズムでそれは繰り返される。
楓の目は乾いていて、もう泣いてはいなかった。なんだか寒そうで、肩のところまでそっと布団をかけてあげる。
さっきの涙は、まだ近くにあるだろうか?
ちょっと外に出てくるね、すぐ戻るから。
心の中で、楓にそう声をかけて立ち上がる。
すると、なまあたたかい風が部屋に流れ込んできて、今がどの季節なのか、思いだせなくなった。
白いカーテンが大きくひるがえっていて、その先にはどこまでも青い闇が、広がっている。