3分講談「三本の切指」(テーマ:嘘)

江戸時代、最も華やかできらびやかだった場所といえば、色街・遊郭でありましょう。一歩踏み入れば虚実綯い交ぜ、家ではうだつの上がらない男達にも、一夜の夢を見させてくれるのが、色街という世界でございました。

この色街には、決まりというものが色々とあったようですね。江戸時代の初め頃に出版されました『色道大鏡』という書物がありますが、これはいわゆる色街のルールブックのようなもの。独特の習慣や、客の心得などが事細かに記されております。

 さて、その『色道大鏡』に、遊女がお客と交わす「心中立て」の方法が紹介されてございます。「心中立て」というのは、遊女が本気で愛を誓ったお客に対して、その証拠の品を差し出すことで、まあその究極が「命」を差し出す心中なわけですが、それ以前にも、「身体に客の名前を彫る」「爪を剥ぐ」「起請文を書く」など、様々な誓いの方法があったようです。今日申し上げますのは、その中のひとつ、「切指」のお話。「切指」というのは、文字通り、誓いの印として遊女が己の小指を切ってお客に渡すというもので、『色道大鏡』には、切り指を行う際の注意点などが事細かに書かれているんですね。たとえば、「切ったショックで失神するから気付け薬を用意せよ」あるいは「切った勢いで指が庭へ飛んでいくと困るから、必ずふすまを閉めて切るように」…生々しいのでこのへんでやめますが。切るときは痛いですが、腕のいい外科医に掛かると、指が生えてくることもあったそうで。まあ本当かどうか分かりませんが。

 さて、ここにございましたのが、唐物屋の若旦那。新町の遊女に入れあげて、ついには身請けをするとまで言い出した。そこへ意見をしにやってまいりましたのが、出入りの大工の棟梁で熊五郎。

「若旦那、旦さんから聞きましたで、えらい入れあげてるそうやおまへんか。色街のおなごのいうことなんか嘘八百や、やめときなはれ」

「嘘なんかとちがいます。ちゃんと証拠がありますのんや、見ておくれ」

若旦那が戸棚の奥から後生大事に取り出しました、小さな桐の箱。差し出された熊五郎、水引を解いて蓋を開け、薄紙をめくって驚いた。

「わ、若旦那、これ、切り指やおまへんか」

「そや。ここまで心を決めてくれたんや。嘘やない証拠や」

「…それで、若旦那の決まった相手っちゅうのは、どこのなんちゅうおなごだ」

「宇都木屋の小輝や」

その名前を聞いて熊五郎、心の中であっと驚いた。えらそうに意見をしておりますが、実はこの熊五郎も大の郭好き、しかもつい先日、同じ宇都木屋の小輝から、切指をもらったばかりだ。絶句しておりますと、障子の向こうでがたっと音がした。そこにおりましたのは二番番頭の喜兵衛、ぶるぶる震えながら「わたいも小輝に指もろた…」(①)

一人のおなごに小指は2本、もろうた男が三人で、こらいったいどういう訳だと、三人が息せき切ってやってまいりました宇都木屋の店先。すると風呂敷包みを抱えた先客がある。物陰からそっと見ておりますと、小輝が出てまいりまして、

「まあ源さん、相変わらず仕事の早いこと」

源さんと呼ばれたこの男は、しんこ細工の職人でございます。しんこ細工といいますのは、米の粉で鳥や花の形を象った細工菓子、子どもに大変人気があったそうですが。

「今日は十本でよろしいかな。」風呂敷を解いて木箱を開けます。

「まあ、相変わらずうまいもんどすなあ。わての小指にそっくりや。…あ、そうそう、この前な、美濃屋のご隠居はんに渡したやつ、あの人、この暑い盛りに、油紙に包んで懐へ入れて持ち歩いたもんやさかい、青カビ生えて。苔生したみたいになった指持って、びっくりして飛んで来はったんやわ。ま笑い話で済んだんやけども、次からは、カビ生えんように、酒粕か山椒でも練り込んどいておくれやす」

こんな事を言うております。

「やい!小輝!」

「まー、三人揃うて、ようお越し」

「ようお越しやあるかい、こらいったい何の真似や。説明してもらおやないかい」

「いえな、あんさんがたへの気持ちは、間違いなくほんまもんや?そやかて指は二本しかおまへんやないかいな、そやからこうして源さんにこしらえてもろてますのんや。堪忍しておくれやす。」

「気持ちはほんまやなんて、そんな言葉が信じられるかい」

「いややわあ。その証拠にほれ、今日は晦日やけど、まん丸いお月さんが出とおります」(都々逸「女郎の誠と玉子の四角、あれば晦に月も出る」より)    

 小輝の愛嬌と機転で、その場は丸く収まりました。「三本の切指」という一席。

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